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01.異世界転生しました(第一話)


 広い邸の一室で椅子に腰掛け、コップに口をつけて傾けた少女は、飲み物の味を舌で感じた途端にコップをテーブルに叩きつけた。


「ちょっと! これ桃のジュースじゃないの! 私はりんごのジュースをお願いしたはずよ!」


 可愛らしい顔に似つかわしくない形相で怒鳴った先で、侍女が慌てて頭を下げる。


「申し訳ございません! 取り違えてしまったようです」

「取りちがえたですって!? 私の侍女でありながらそんなことが許されると思っているの!?」


 少女がコップを投げると、床に直撃したそれは粉々に砕け散り、ジュースも飛び散った。その衝撃音に侍女がビクッと肩を揺らす。


「あなた、私をバカにしているんでしょう。だからこんなミスをわざとしたのね!」

「お嬢様! 決してそのようなことは……っ」

「クビよ! 顔も見たくないわ! 今すぐ出て行って!!」

「そんなっ……お嬢様、誠に、誠に申し訳ございません! どうかお許しをっ」


 涙を浮かべ、必死に訴える侍女の姿を見て、少女は優越感に浸っていた。


(そうよ。この私を見くびったばつよ。侍女ふぜいが、せいぜい泣きすがればいいわ!)


 立場が弱いくせに逆らった『敵』に上下関係を叩き込めたと興奮していると――ズキンと頭に痛みが走り、少女は顔を顰めて頭を押さえた。


『フロスト公爵家の令嬢リデラインはプライドが高く、わがまま放題のお嬢様である』

(なに……?)


 頭痛と同時に頭の中に突如浮かんだ文言に疑問を抱いていると、更に痛みが押し寄せた。


「お嬢様?」


 侍女が戸惑った様子でこちらを窺っているけれど、少女には気にする余裕がない。


『婚約者である王太子は表面的には彼女を丁重に扱っていたが、彼女の所業から嫌悪を覚え、軽蔑していた』

(なによ、一体なんなのよ……!)


 酷くなる痛みに蹲ったところで、グラスが割れた音と少女の怒鳴り声を聞きつけて部屋に駆けつけた使用人たちが「お嬢様!?」と駆け寄ってくる。

 しかし少女は、頭痛と頭に浮かぶ文言で思考がいっぱいいっぱいだった。見たことがない文字なのに、意味がわかる。


『婚約者とヘレナの仲に嫉妬したリデラインは、ヘレナに様々な嫌がらせを行っていたのだ。私物を壊し、盗み、悪評を流し、廊下でわざとぶつかって転ばせ、嘲って罵倒する』

(……この内容、知ってる……)


 ズキズキと痛みが増し、視界が霞む。汗が滲み、呻き声が零れた。ぎゅうっと小さな手を握りしめる。


『嫉妬に狂い、魔力暴走の末に魔力熱で一週間生死を彷徨ったリデラインは、何よりも自慢であった膨大な魔力を失った。王太子との婚約は破棄され、魔力も愛する人も失って抜け殻のようになり、療養のために公爵家の領地へ送られる道中――』

(リデライン、ヒロインをいじめる悪役令嬢……)


 痛みで意識が遠くなる中、少女の脳内はなぜか妙に冷静になっていた。


『魔物に遭遇し、魔力がほとんどないリデラインはまともな抵抗などできるはずもなく、来るはずのない助けを求めて愛しい元婚約者の名前を叫んだのを最期に死んでしまった』

(これは、私が読んでた小説の内容! ……小説?)


 正解が導き出されたけれど、疑問が晴れたわけではなかった。


「お嬢様! 大丈夫ですか!?」

「早く医者を!」

「奥様に報告を!」

「ベッドへお運びしろ!」

「お嬢様! お嬢様っ!」

「すごい熱だ!」

「氷嚢を用意しろ!」


 使用人たちの慌ただしい会話は、相変わらず少女の耳に届かない。怒鳴られていた侍女もそのことを忘れたように少女に必死に声をかけ、少女の体を支えているけれど、少女は気づいていないから振り解くこともない。本来であれば「無礼よ!」と乱暴にその腕から逃れていたはずだ。


(ヘレナ……ヘレナは主人公の名前……)


 緩和する気配のない痛みで鈍るどころか、少女の思考はぐるぐると高速で巡っている。そうして、カチ、とパズルのピースがはまった。


(小説……そうだ、小説。入院生活のお供の一つ)


 見たことがない文字なんかじゃない。あれは日本語だ。

 治療が困難な病気を患い、学校にも通えず入院生活を送っていたある日。ネットで見つけて購入した恋愛ファンタジー小説。ネット発で書籍化、コミカライズ、ドラマCD化され、アニメ化まで決まった大人気作。先程から頭の中に浮かんでいるのはその内容である。


(話はそれなりに面白かったけど、主人公が絶妙にイラつく性格だった)


 平民として暮らしていたため天真爛漫に育ち、その純粋さでヒーローの心を射止めた男爵令嬢。心優しく平等で、可愛らしい女の子。自分に嫌がらせをする相手でさえもその清らかな心で許してしまえる性格で、だからこそ人気だった。

 けれど、自分――氷上(ひかみ)瑠璃(るり)は、そこが気に入らなかったのだ。少し性格が捻くれているくらいの方が好みだった。


(完結巻が出た三日後だっけ……)


 書籍の最終巻を家族にお願いして発売日にゲットし、書き下ろし部分もしっかり読み込んだ三日後。発作を起こしたところまでは覚えている。


(私、あのまま死んだんだ)


 十五歳までは生きられないだろうと医者から宣告されていたので、すぐに納得できた。あの発作で息を引き取ったのだと。

 享年十四歳。中学三年生になったばかりの春。早生まれだったから、十四歳になってほんの二ヶ月程度。中学校にまともに通えることなく、若くして死んでしまった。

 暮らしていた日本ではとても早い死だ。当時の女性の平均寿命は八十七歳ほどだったのに、六分の一も生きられなかった。病気が判明したのは小学生の頃で、入院生活で友達とも次第に疎遠になっていった。交流が続いていたのは同じく入院していた子供たちばかり。青春など経験していない。

 それでも、本やゲームである程度充実した時間は過ごせていた。常に発作の恐怖と戦ってはいたけれど、突然の事件や事故で命を落とすよりは覚悟ができていたと思う。


(あれ。じゃあ待って。今の私はなに?)


 病気で死んだのは確かなはずなのに、頭痛に耐えながら今こうして思考を巡らせ、死んだことを受け入れ、理解している『自分』はなんなのか。

 少女は一層強くなった頭痛に呻き――『今の自分』を思い出した。

 まだ八歳ながらも、いやだからこそなのか、傲慢で癇癪持ちのお嬢様。天使のように可愛い自慢の容貌を持っているけれど、気に入らないことがあればすぐに使用人に当たり、目下の人間にはとことん横暴な振る舞いをする最低最悪の悪役令嬢。


(小説で死んでしまう悪役令嬢リデラインは……私? まさか異世界転生? 嘘でしょ?)


 ありえないはずの結論に思い至ったその瞬間、少女――リデライン・フロストは気を失ってしまった。


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