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 笑萌の声に驚いた猫たちが、わっと散っていく。笑萌は迷わず、奥の路地へ逃げた白猫を追った。美しい毛並みと俊足により、その白が残像のように目映く線を引いている。

 笑萌はそれを見逃さないように目を凝らした。大丈夫、私の目は何も見逃さない。友だちを見失ったりしない、と。

 笑萌にとっても、れいにとっても、この街は庭だった。だから、障害物の位置もきちんと覚えている。どれくらいの歩幅で、どれくらい踏み切って跳ぶか。どこに段差があって、どこを通れば人目につかないか。知り尽くしていた。

「れいちゃん、待ってよ!」

 白猫は止まらない。ちら、とだけ緑色が笑萌を覗いた気がする。

 すん、と冷めたような目を挑発的に向ける姿。見間違いようがない。お澄まし猫のれいがそこにいる。

 れいは、おいで、というようにするすると塀を駆け、流麗に家屋の屋根へと飛び乗る。笑萌もそれを追いかけた。トタン屋根は大袈裟なくらいに音を立てたが、今、それを気にしている余裕はない。れいを見失わないようにしないと。

「れいちゃん!」

 隣の屋根へ、笑萌が跳ぶ。れいは惑わすように塀に降りたり、屋根に乗ったりを繰り返していた。

 ふと気づく。商店街の方へ向かっている。追うことに夢中で気づいていなかったが、くるりと街を半周していたのだ。

 笑萌は遊ばれている、とちらっと悔しくなった。けれど、口端は吊り上がっていく。

 十数年振りに、笑萌とれいは追いかけっこをしているのだ。笑萌は幼かったから、昔はれいを追いかけている途中で、息切れしてしまった。けれど、大人になった今は、まだ体力が続くし、以前よりも体の動かし方を心得ている。

「ふっふふ……」

 追いかけっこなんて、久しぶりだ。れいがそう望むのなら。

「勝負よ、れいちゃん!」

 笑萌は声高にそう宣告し、身を翻す白猫に向かって、跳躍した。


 ボイスレコーダーでそれを聞いていた莉桜が目をすがめる。

「何やってんだ、あの人……」

 きっと笑萌はこの呟きを拾ってはいないだろう。

 莉桜は大きく溜め息を吐き、スマホの画面とにらめっこをした。

 白猫れいの失踪事件は佳境を迎えている。

「ん、たぶんこの地点だな」

 莉桜も動き出した。笑萌が駆け回っている方面へ。


 笑萌は白猫を追いかけていた。その頭にこれが依頼で、仕事であるという事実が残っているのかわからない。笑萌は猫との追いかけっこを楽しんでいた。

 笑萌は見た目の年齢が小学生くらいのままで止まっている。無邪気さ全開の笑萌は、とても成人済みには見えなかっただろう。

 猫に追いつけはしないが、つかず離れず、で猫を追いかける。その素早さと体力はただの小学生では到底身につけられないものだ。パルクールとまではいかないまでも、建物の合間を縫い、塀に跳び上がり、屋根の上を疾走する。軽やかな身のこなしは猫のように優美だ。

 笑萌は夢中になっていた。時間など気にしている余裕はない。が、日の高さからして、まだ大丈夫だ、と気をつけている。待ち合わせの三時間後は夕方であり、日が傾き始める頃。まだ日は高いままだ。笑萌から散る汗がきらりと光る。

 それに、れいの名前を何度か呼んだ。これで対象を見つけて追跡していることは莉桜には伝わっているはずである。対象を保護するために動いているのなら、多少集合時間に遅れても文句は言われないだろう。

 莉桜は優秀な探偵助手だ。探偵という点では、山勘で全てを当てる笑萌よりよっぽど探偵らしい。そんな優秀な莉桜を笑萌は信頼していた。

 追いかけながら、笑萌は言う。

「あのね、れいちゃん……っ」

 れいに……友だちに、伝えたいことがあった。

「私ね……っは、れいちゃんの、他にも……友だちって呼べるかもしれない、子に」

 古い家屋の雨樋が、不意にがくん、と崩れ、笑萌の眼前に迫る。笑萌は素早く飛び退き、屋根にすたっと着地する。追っていた白猫は向こうのブロック塀を悠々と歩いている。少し距離ができてしまった。

 だが、笑萌は焦ることなく、屋根を駆け、その端で踏み切り、ブロック塀の上に着地する。

 ちら、と緑がそれに気づいて、そそくさと走り始める。

 危なげなく、細い塀の上を走りながら、笑萌は続けた。

「出会えたんだ、やっと!」

 ずっと走っていく。やがて、空き地が見えてきた。あそこでれいは斜めに跳んで、ショートカットを試みるかもしれない。そうでなくとも、あの場所で、何か動きがある予感がした。

 笑萌の予感はよく当たる。だから、れいが動きを変える一瞬の間を狙うことに決めた。

 だんだんと歩幅を広げ、れいとの距離を詰めていく。弾む呼吸。視界が拓けて、れいとの距離は数十センチ。れいが止まる。笑萌は今だ、と踏み込んだ。

 瞬間、笑萌に向かって、飛びついてくるれい。

 笑萌は目を見開く。それから破顔した。

 忘れていた。素っ気ない態度で、興味のないふりをして、その美しさで相手の気を誘い、相手が諦めるか、決断した瞬間に、予想外の動きをする、澄まし顔の気紛れの、お転婆猫。それがれいという白猫だった。

 れいを受け止めるために、態勢を崩した笑萌は塀から落ちていく。


「笑萌!!」

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