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 懐かしいなあ、と笑萌は呟く。

 そんな横で莉桜がスマホを弄っていた。

「ボイスレコーダーを事務所の親機のと同期させました。スマホ、落とさないでくださいよ。お転婆お嬢さん」

「莉桜ちゃんのが年下でしょ!」

 二人は動きやすい格好をしている。笑萌はTシャツにショートパンツ。ウエストポーチをつけて、そこに莉桜から渡されたスマホを入れる。

 結城探偵事務所では料金設定のためにボイスレコーダーを使っていた。実働時間の証明のためだ。笑萌が一人でやっていたときは、そんなことはしなかったのだが、莉桜が「そういうとこちゃんとしないと、厄介な事案や厄介な依頼人が来たときに痛い目見ますよ」と言って、色々取り計らってくれたのだ。依頼内容を聞くときも、第三者の目を通して公平に判断するために、事務所に取りつけた防犯カメラの映像を保存している。

 莉桜は頼もしいが、高校生であり、家は別にある。笑萌とはそういう関係でもないし、同棲はしていない。高校を卒業したら、住み込みで働き始めるかもしれないが、たぶんそういう関係にはならない。笑萌はそう予感していた。

 笑萌の勘は昔からよく当たる。笑萌が不登校の莉桜をバイトに起用したのも、莉桜を見た瞬間に働いた直感だ。この子と組んだら、なんか上手くいきそう、という。

 実際上手くいっているから、笑萌は何よりも自分のファーストインプレッションを信じることにしている。

 莉桜は博識だし、推理力、洞察力が凄まじい。そのためそれまで笑萌の「直感」だけで成立していた探偵業がそれっぽくなってきたのだ。集めた情報を整理し、そこから推測を立て、実証する。笑萌では形にできなかった部分を莉桜が補ってくれているのだ。

「バッテリーのことを考えると、あらゆるアプリを並行使用しているので、消費がものすごいことになります。というわけで、一旦三時間後に商店街の猫の看板の喫茶店前に集合です。目標を見つけた場合はちゃんと音声データに残してください。俺は写真を見ながらの捜索になりますから、正直、笑萌の方が広範囲を探せます」

「あいさー。三時間ね」

「あと、スマホは落とさないでくださいよ」

「一回言われたのでちゃんと覚えてますー!」

「ならよし。じゃあ、行きますよ」

 打ち合わせ通り、それを合図に莉桜は下、笑萌は上へと向かい、分かれた。

 作戦はこうである。莉桜は図体がでかいので、人混みを避けやすい。人が避けていくので、人が行き交う道の中、白猫を探す。

 一方、笑萌は、たん、と軽い調子で商店街の店の屋根の上に登った。小柄で身軽な笑萌はそれこそ猫のようにあらゆるところを走り回れる。それを利用して、猫の通り道を探すのだ。捜索対象の白猫の姿は笑萌はよく知っている。写真との照らし合わせをいちいち行わなくともいいことから、猫の通り道を笑萌が探すのは効率的であった。

 商店街を抜けて、ひょうひょい、とブロック塀を飛び移る。ここは笑萌が昔いた養護施設の近く。昔、白猫のれいが散歩道にしていた通りを探していく。

 莉桜が笑萌を上にしたのにはもう一つ理由があった。養護施設の出なら、職員に顔を覚えられているかもしれない。もしかしたら、まだ里親の見つからない子どもの中に、笑萌を知る者がいるかもしれない。笑萌が施設でどういう扱いを受けていたかは知らないが、施設関係者と笑萌の接触を避けるためにも、笑萌は人間が通らない道を探すのが効率が良い、と判断したからだ。

 そんな、気を遣わなくていいのにな、と笑萌は苦笑する。廃屋と住居の合間を縫うように立てられた塀を歩いて、れいを探しながら、笑萌は思い出した。

 養護施設で、笑萌に友だちはいなかった。友だちは白猫のれいだけだった。理由は単純。笑萌はその類希なる直感により、周囲から浮いてしまったのだ。

 探し物は得意だった。探偵になろうと思ったのも、自分の得意なことを生かすためだ。

「みくちゃんのヘアピン、あきとくんの秘密基地にあるよ」

「所長さんの車の鍵は田所先生の後ろのポケットの中」

「かなちゃんの鉛筆、はるこちゃんが使ってたやつじゃない?」

 百発百中で探し物や失くし物の在処を当てる笑萌の直感は、最初こそすごいと言われたものの、だんだん気味悪がられ、果てには罪を擦り付けられた。お前が隠したんだろう、お前が盗んだんだろう。

 笑萌に疑いをかけるくせに、困ったときは笑萌の力を頼る。そんな人間の現金さの中で笑萌は育った。わりと純朴に。人の役に立つ力だということがわかっていたから、将来、人の役に立てればいいや、なんて、お気楽に。

 そんな笑萌に友だちはいなかった。誰も笑萌を心から信用していない。困ったときは頼るくせして、笑萌が困っているときは、誰も助けてくれないのだ。

 そんな笑萌に花を持ってきてくれたのが、白猫のれいだった。

 そういえば、れいはよく花を持ってきてくれていた。どれも綺麗な花だったけれど、れいは花が好きだったのだろうか。

 喋らない猫は笑萌に何かを求めることはしないし、れいの素っ気なさは少し寂しく思うこともあったが、笑萌が泣きそうなときはちゃんと腕の中に飛び込んできてくれる。そんなところが大好きだった。

 一度、施設から脱走したことがある。白猫のれいとの冒険だ。れいは散歩ルートを案内してくれたし、猫の集会に連れていってくれた。時間の束縛のない猫は奔放で、笑萌も釣られて時間を忘れた。その頃施設では笑萌の大捜索。帰ったときにはこっぴどく怒られた。

 そのことを莉桜に話したら、「笑萌らしいエピソードだな」と朗らかに笑ってくれた。お転婆お嬢さん、とからかわれもしたけれど。

 莉桜も一緒にいて楽な存在だ。笑萌だけに何かを求めたりしない。防犯カメラも、ボイスレコーダーも、笑萌の安全のためだ。学校に行かないのは怠惰に思えるが、笑萌を手伝うためだと言われると、悪い気はしない。

 笑萌は鼻歌を歌いながら、笑萌の知る猫の集会場所へ向かう。

 莉桜は今頃反対側……東の海周辺を探しているはずだ、と思いながら、笑萌は狭い路地を抜け、猫の集会場所へ辿り着く。もう二十年近く前の記憶だったが、猫たちは変わらず、そこにむつむつと集っていた。

 その中に、白い綺麗な毛並みの緑色の目をした猫がいた。笑萌は目を見開く。

「れい!」

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