レン
また、アイの体。俺はユーレイなのに寝てたのか。
俺はいつも通り一人であれこれ喋りまくる。今日はあいつが来る日だ。
「お花は大丈夫ね?茶葉はこの前仕入れたものを使って」
アイは死にそうな感情で周りにあれこれ指示している。
『ちょっとでも楽しそうなら俺も応援できるんだけどなぁ』
日本とは常識が違うんだろうけど、どう考えてもアイとあいつは合わないと思う。
俺は今日のおやつの中に好きなクッキーがあるのを見つけ、アイがあれを食べてくれることを期待した。
それどころじゃないだろうけどな。
そんなこんなで今日も奴がやってきた。クズ野郎は今日も相変わらずだ。
俺はアイと家庭教師の話を聞いてるから、あいつがアイに詩やらマイナーな教養を完璧に暗記させることがおかしいことだと知っている。
それでもアイはもう判断力が低下しているから、あいつが命令したことをそのまま聞きいれてしまう。
よく見るとこいつ鼻毛出てるじゃねえか。その顔で良く婚約者の家に来れるよな。
鼻毛が出た顔でアイに意味不明な説教をかましてやがる。俺は最高にイラついた。
『今日も安定のクズっぷり。いっそ清々しいね!なーにが教養だよ。まずその鼻毛を整えてから言えよ、このハゲが』
俺はいつも通り毒づいた。俺は八杉蓮だった頃もここまで人を嫌いになったことはない。死んでからこんな気持ちを知るとは、分からないものだ。
俺が好き放題言っていると、なぜかアイが会合を終わらせた。いつもアイが土下座ぐらい謝って、ハゲが満足してからようやく解散なのに。
まぁ、早く終わるならその方がいいんだけどな。
と、不思議に思っていると—
「あなたはどなた?なぜ私だけ声が聞こえるの?」
なんと、アイに俺の声が届くようになっていた。
アイと意思疎通ができるようになってからの展開は早かった。
アイは親にようやく助けを求めた。俺から見てると、アイの親はとっくの前からあいつのことを訝しんでいて、何度かアイに探りを入れていた。アイが頑なな態度だからそれ以上踏み込めなかったみたいだな。
ようやく、アイとあいつの婚約がなくなった。俺のおかげと言ってもいいのでは?
アイは人が変わったみたいにのびのび過ごしている。そして俺の意識がなくなる時間も増えている。何となく、成仏の時期が近いのかと思ってる。アイには言ってないけどな。
アイは周りが見えるようになったら、俺がいなくても大丈夫だろう。できれば新しい彼氏候補も見てから成仏したいものだ。
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「うぁ!!」
「正確に言うと成仏ではない。貴様は本来の輪廻に戻るだけのことだ」
また不思議な空間に戻っていた。いつも心臓に悪い。もっと穏やかに戻してもらえないものか。
「だからさ。ここの会話は全部忘れてんだよ。あっちで何を考えようがほっといてくれよ」
「まぁよい。中々鮮やかだった。貴様の母は自身の力で元の運命に戻ったのだ」
「アイが俺の母親ってのも、今や複雑だけどな。それで本来の相手ってやつは勝手に現れて結ばれるのか?」
「縁を結んでいるのだから、そうだ。顔を合わせればそのようになる」
「運命ってやつだからか?じゃあなんでアイはクソと婚約したんだよ」
「人は本来の理と外れたことをすることがある。我も四六時中見ている訳ではない。そなたの母の件は人が勝手に作った序列が現れた結果だろう」
貴族とか、伯爵とか、侯爵とか、そういうことだろうか。
「ま、婚約がなくなって良かったよ。俺はきっかけになっただけだけどな」
「貴様だから、あの女も考えを改めたのだ。よいか、貴様の存在は、あの女以外には決して悟られぬように」