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『めっちゃいい男じゃんユージ君!アイと気が合いそうだし!』
『ユージーン様よ。たしかに素敵な方ね。でも婚約者がいらっしゃるかもしれないわ』
『親父さんの部下なんだろ?聞いてみたら?』
『そんなこと…なんだか恥ずかしいわ』
レンはわざとらしい溜息をついている。呆れているらしい。
私はお父様にどうやってユージーン様のことを切り出すか、しばらく頭を悩ませたのだった。
「アイリーン、今日はありがとう。助かったよ」
夕食の席でお父様は改めて私にお礼を言った。ユージーン様のことで頭がいっぱいの私は、はい、とお答えするのに精一杯だ。
「アイリーン。どうしたの。久しぶりに外出して疲れてしまったのかしら?」
お母様が心配そうに私のことを見ている。全くそういう訳ではないので否定する。
「違うのです。少し考え事を…あの。お父様。今日門から私を案内して下さった方のことなのですが」
「ユージーン・ノース君か。彼がどうした」
「あの方に、婚約者はいらっしゃるのでしょうか」
私はまずヘルマンの本のことをお伝えしようと思っていたのに、なぜか直球の質問が口から出てしまったことに慌ててしまう。レンが興奮している。お母様は驚いたように小さく歓声を上げた。嬉しそうだ。
「いない。いないぞ!実はあれから、彼からもお前のことを問われていた。アイリーン、お前もノース君のことが好印象だったのだな」
ユージーン様が私のことをお父様に?私はその事実に舞い上がってしまう。
「はい。お会いしたのは短い時間でしたが、もう少しお話したいと思ったのです。しかし、あの方に婚約者がいらっしゃれば叶わないことですから」
「彼に婚約者はいない。これまで仕事ばかりで浮いた話もなかったようだ。ノース君は次男で婿入りも問題ない。人柄も良いし、良い青年だ。明日にでもノース子爵に話を持っていこう」
「お父様、わが家から話を出せば子爵家は断れません。まずはユージーン様とお話がしたいと思います。それに私もあの方のことを深く知りません」
お父様は私の意見に少し渋面になる。相手が断る事態など想像していないようだ。
「ノース君はお前を気に入っていたようだが、前のこともあるし、お前が慎重になるのも分かる。しかし数回会えば決断するのだぞ」
お父様の譲歩に、私は了承したのだった。
それから、ユージーン様は何度か我が家にお越しになった。彼は穏やかで、話題も豊富だ。不思議といくら話していても話題が尽きない。
「この刺繍は素敵ですね。色使いが美しい。アイリーン嬢が色も考えたのですか」
「こういうものを考えるのが好きなのです。嬉しいですわ。有難うございます」
「伯爵夫人の手伝いをしながらですから、中々真似ができないことですよ」
ユージーン様はいつも私を肯定してくださるので、私がとても価値のある人間のような気がしてくる。
そして、私はユージーン様の話を聞くのも好きだ。
「僕の兄はすごく努力家で、義姉も甥も大事にしているのです。昔から兄のようになりたいと、尊敬しています」
「私は兄弟がいないので、憧れますわ。甥姪というのは特別に可愛く感じるとか」
「そうなのです。家族が皆溺愛してしまって、義姉や乳母が困っていますよ」
ユージーン様は彼の家族や、読んだ本の話、王宮でのお父様の話など、私にも分かる話をしてくださるので、自然と話が弾んでいく。毎回あっという間に時間が過ぎる。
私は彼の全てが好ましいと感じていた。信じられないことにユージーン様も同じように感じてくださっているようだ。
「伯爵からお話を頂いたとき、あまりに良い話で現実のことかと信じられませんでした。ですがアイリーン嬢。貴女に選んで貰えなくとも、残念ですが僕は受け入れます。どうか貴女の御心を大事になさってください」
ユージーン様は惜しみない好意を伝えてくださるのに、臆病な私は彼に気持ちを伝えられていない。私の心はほとんど決まっているというのに。
しかし、父は私たちの様子を見て話を次に進めようとしていた。
『心配すんなよ。ユージ君はあのハゲとは全然違うよ』
『有難う、レン。あなたにそう言われると安心するわ』
レンも彼に太鼓判を押す。私は彼の言葉に背中を押され、次にユージーン様にお会いした時、私の気持ちを伝えようと決心した。