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3

『—で、もう婚約解消になるとは。アイの親は仕事が早いなぁ』


『有難いことだわ。侯爵は当家の要求をすべて受け入れてくださったというし』


お父様はあれからハワード侯爵家と交渉し、両家合意の上で婚約解消となった。

あの方と婚約してから三年。驚くほどあっさりと終わってしまった。しかし、私の心は晴れやかだ。


『あいつはどうなんの?』


『知らないわ。聞かされてないし、聞く気もないもの』


ケネス様は三男で、実家の家督を継ぐことはできない。婚約が解消された今、恐らく厳しい状況にあるだろう。


『で、新しい男は?』


聞いておきながらレンはケネス様にそこまで興味がないらしい。


『お父様もお母様も、私を気遣ってらっしゃるのか直接的なお話はないわ。そろそろ自分で動くべきなんでしょうけど』


『へぇ。まぁ頑張って。俺はアイがまた変なやつに引っかからないように見とくだけだ』


『心強いわ』


レンにはそう言うが、まだ男性は少し怖い。でも、私の立場上結婚はしなければならない。

どうやら次の候補の方はそれなりにいるらしい。私と結婚すれば伯爵になれるのだから、それなりの需要があるのだろう。

婚約解消は私の有責ではないので、そこまでの傷にはならないようだ。


ケネス様でなくてはスペンサー家が没落すると思い込んでいた私は本当に愚かだった。




好きなことをして、レンとたわいもない話をする。そんな風に穏やかな日々を過ごしていたある日、お父様が愛用されている眼鏡が机に置いたままになっているのに気付いた。

お父様は伯爵領を統治する傍ら、王宮で文官もなさっている。今日は王宮に出仕している日だ。


「これがないとよく見えないと仰っていたのに、大丈夫かしら」


「お嬢様、もし今日ご予定がないのでしたら、王宮まで届けて差し上げては?きっと旦那様もお喜びになります」


「そうね。…そうするわ」


執事のダンの提案通り、久しぶりにお父様の職場へ行ってみることにした。お会いできなければ、お父様の部下の方に言付ければ良いだろう。


『王宮!?やったー。あそこすげぇデカくて綺麗だよな』


レンも喜んでいる。屋敷にこもっていたので、外出する良いきっかけだ。ダンもそう思って提案してくれたのかもしれない。




伯爵家の馬車に乗って王宮の門をくぐる。同乗したダンが門番と話をしてくれるので、スムーズに王宮内へ入ることができた。レンは興奮して大騒ぎしている。

お父様の職場は知っているので、案内は不要だと伝えたが、門番から少し待つように指示された。しばらく待つとお父様の部下という方が現れた。


「貴女が、スペンサー伯爵令嬢でしょうか?ユージーン・ノースと申します。僕がご案内します」


ノースというと、おそらく子爵家だ。ノース子爵の嫡子は奥方と共に領地にいるはずなので、恐らくこの方は次男か三男だろう。背が高く、柔らかな雰囲気の男性だ。


「アイリーン・スペンサーと申します。お手間おかけして申し訳ありません。よろしくお願いします」


ダンは門で待つというので、私とユージーン様の二人で歩きだした。


ユージーン様はお父様から私を案内するように申し付けられたという。申し訳なく思うものの、私にとっては幸運だったと言える。

ユージーン様との時間は思いがけず楽しい時間だったのだ。


「では、アイリーン嬢はヘルマンの新作もお持ちなのですか」


「えぇ。彼の作品はすべて収集しております。お父様経由でお貸ししましょうか?」


「伯爵に配達員の真似をさせる訳には…しかし、読みたい…あ、着きましたね。こんなに話の合う方は初めてだったので驚きました。では私はこれで」


「私もです。楽しかったですわ。ありがとうございました」


ヘルマンとは私が好む作家だが、文体に少々癖があり好きだという人に出会ったことがなかった。初めて趣味の合う相手に出会えたのにこれで終わりというのも少し名残惜しい気もしたが、彼も仕事中だ。別れの挨拶をして、お父様の部屋へ入る。


お父様は書類を遠ざけたり近づけたりして仕事をしていた。見えづらいようだ。私に気づくと破顔した。


「アイリーン!すまなかったね。有難う」


「気を付けてくださいな。お仕事にならないでしょう」


「その通りだよ。助かった。せっかくだから、お茶でも飲んで帰りなさい」


それから、お父様とお茶を楽しんで、ダンの待つ門まで歩く。帰りは一人だったので、行きよりも長く感じる。そんなことを考えてしまう自分に少し戸惑うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ユージーン様……これは記憶しておいた方が良い殿方ですね?!
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