3
七色に輝くトンネル。
その中を浮遊する俺。
それはパズルのようだった。
自分に必要なピースをかき集め、完成させていく。
まごつきながらも、段々と慣れてきた。
詳細な条件、ディティールを自分好みに設定していく。
感覚が赴くままに、組み上げる。
そうして俺の能力は完成した。
○
「あれ……ここは……」
気づけば俺はどこか知らない場所に寝転んでいた。
キラキラと枝葉から覗く木漏れ日が眩しい。
足元には背の低い芝生が生えていた。
「……そうか、異世界に転生したんだったな」
ようやく意識が覚醒し始めた。
俺は天国で魔王討伐の依頼を受け、異世界に転生をすることになっていたのだ。
そして、そのミッションクリアの暁には、俺の願いが一つ叶うことになっている。
それすなわち、あの子が俺のお嫁さんになるということ。
そのためには一瞬のロスも許されない。
「よし、そうと決まればうかうかとしてられない」
俺は早速立ち上がり、周囲を観察する。
まばらな緑の木々が立ち並んでいる。
どうやらここは森のようだ。
「ま、転生後よくあるパターンか」
気づいたら森にいましたってやつだ。
まずはこの森を抜け出し、情報収集をする必要がある。
そしてこの世界に住むことに慣れて、仲間を募り、盛大な旅に出る。
常人ならそんなことを思うだろうか。
だが俺は違う。
俺の中ではもうとっくに終わりまでのビジョンは完成されていた。
「さてと」
俺は自分の中の感覚を探ってみる。
ああ、やはりある。
俺が選んで作った、能力の感覚が。
「えーとまずは…………なんだ?」
その力を早速使用してみようと思ったところで、ふと、俺の耳に届く音があった。
それは少し離れた位置から聞こえてくる。
金属音のようなものや、人の怒声のようなものも聞こえた。
自分の耳がかなり良くなっているような気がするのは、身体能力が上がっている影響なのだろうか。
流石に気になったので、そちらの方に向かってみる。
木々をかき分け、音の発生源をこっそり覗いてみた。
そこにいたのは人だった。
総勢で軽く十人以上はいるだろうか。
大型の馬車を守るように武器を構える人間と、それを取り囲む人間。
馬車を守っているサイドの数人は、全員が銀色のガッチリとした鎧を着込んで、立派な剣を手に担いでいる。
対して取り囲むサイドの方は、全員野蛮な感じの服装をしており、短剣などを中心とした統一性のない装備をしていた。
見る限りは"騎士"対"山賊"といったところだろうか。
騎士たちの方は、馬車に背を向け気遣う様子を見せていることからも、その中に護衛対象がいるのかもしれない。
馬車自体はそれなりの大きさかつかなり豪奢な感じだったが、タイヤに当たる部分がボロボロに壊れており、それを引いていたであろう二頭の馬も、紐を繋がれたままの状態で赤い血を流しぐったりと地に沈んでいた。逃げられないようにと真っ先に殺されてしまったのだろう。
また、馬の他にも地面に数人の人間が倒れており、戦闘も佳境へと迫っているのかもしれない。
状況としては恐らく山賊側の方が優勢なのだろう。
切迫した表情の騎士たちに対し、ニヤニヤと余裕ある笑みを浮かべている者も見受けられた。
……うーんなるほど。つまるところ馬車襲撃イベントというわけですか。
異世界転生序盤あるあるに、良くも悪くも遭遇してしまったということだ。
普通ならここで、神に与えられた力を振りかざし、山賊っぽい奴ら共を蹴散らしてその後騎士サイドに感謝歓迎されるという非常に美味しい思いをする行動が無難だ。
俺には自分で作った能力の他にも身体能力が付与されているとのことで、それを試すいい機会でもある。
「………………」
しかし、俺は覗くのをやめると、バレないようにその場から離脱した。
完璧に無視を決め込んだ。
悪いが今の俺にこんなしょうもないことに付き合っている暇はない。
俺は巻き込まれない程度にしっかり距離をとり、立ち止まる。
「よし、それじゃあ始めますか」
そしてついに能力の発動準備に取り掛かった。
俺は地面に穴を掘り始めた。
「よいしょ、よいしょ」
自分が入れるような横幅があればいい。
身体能力が上がっているのと、地面を掘ることに特化した能力にしているので、素手でも常人を遥かに凌ぐスピードで穴が掘られていく。
「うら! うら!」
そしてそのままどんどん、どんどんと掘り進めていく。
ある程度の深さを掘ったところで俺の上に崩れてきた土が被さり、俺を完全に覆い尽くしてしまうが、それでもどんどんと彫り続ける。
それを見ている人がいるなら、まるでモグラのようだと評するだろう。
ただひたむきに、単純作業のように、地面を下に向かって掘りまくり、移動していく。
そしてどのくらいの深さまで潜っただろうか。
感覚だが、地下三十メートルくらいの位置には来た気がする。
ただそんな状況においても、俺は息苦しさを感じない。
そういう能力にしたからだ。
……えーっと、そんでもって……
俺は心のなかで能力を作動させる。
すると目の前にメニュー画面が浮かんできて、とある設定画面が表示された。
それをいじると様々な数値を設定できるようになっており、能力の使用年月を細かく選択することができる。
俺はピッピと画面を操作し、『一万』という数字を選択し、最後に決定ボタンを押した。
すると、その瞬間俺の意識は闇へと呑まれた。
――……一万年後。
「……う、うぅ……」
俺はうめき声を上げながら目覚めた。
なんだか息苦しかったのだ。
体が固く、うまく動かない。
なんだろう、それなりに長い年月眠っていた気もするし、つい先程まで起きていたような気もする。
俺は不思議な気分になりながらも、どうにか起き上がるべくもがいた。
だがなかなか思うように体を制御できない。
そしてやがて気づいた。
俺は目を開けているはずなのに、周りが黒一色と言っていいほど暗くて何も見えないことに。
どうかしてしまったのかと自分の体が少し心配になったが、やがて手に触れたザラリとした感覚で思い出す。
これは土だ。
なるほど、俺の周囲は大量の土で覆われていたのだ。
それで体が思うように動かなかったのか。
そして何故俺がこのような状況に陥っているのかも、完全に思い出した。
そうとなれば話は早い。
俺は土をかき分け、上へと進んでいく。
やがて、まばゆいほどの光が俺の目を襲った。
俺は目がくらみそうになりながらも、なんとか最後の土をかき分け、地上へと到達することに成功する。
そして周囲を見渡す。
白い森が広がっていた。
どういうことかと思えば、雪が降っていた。
積もるといったほどではないが、灰色の空から、しとしとと白い雪玉が一帯に降り注いでいる。
「いたた、体が……」
俺は固まった体をほぐすように背伸びをした。
骨がポキポキとほぐれて気持ちがいい。
そこで気づいたのだが、俺は何故か裸だった。
地面に潜る時は確かに着ていたはず。
地上に出る際に破けてしまったのだろうか。
この時点で先程までとはだいぶ状況が異なっていたが、一応とばかりに俺は移動する。
移動した先は、先程まで騎士と山賊が戦っていたあの場所だ。
だが探そうにもなかなかうまく見つからなかった。
つい先程の記憶なので、場所までの道のりはほぼ完璧に覚えていたのだが、木々の位置関係がどうにも違う気がしたのだ。
一応馬車のあった付近までやってきたが、そこにはやはり何もなかった。
どこかに壊れた馬車の残骸や、戦闘の痕跡、血の痕などがあってもいいような気もするが、それらの痕跡は完全に消滅していた。
それを確認した俺は、自分の中にあった僅かな疑念が、確信へと変わっていくのを実感する。
「ふぅ……成功、かな」
俺は笑みを浮かべながら呟いた。
そしてこうなるに至った経緯を今一度思い返す。
俺は魔王を倒すという目的で異世界へと転生した。
だがその当の魔王は凄まじいほどの力を持っているらしく、神に与えられた力を持ってしても、相当に厳しい戦いを強いられるとのことだった。
しかしそんなことで諦めてはいられない。
俺は地球に帰るという至上なる目的があるのだ。
ならばどうするかと考えたときに、ふと、一つの画期的なアイデアを閃いた。
それはすなわち――《冬眠》すること。
この世に生きとし生けるもの、どんな生物にも寿命は存在する。
生物は生まれることがあるならば、例外なく終点には死が控えている。
そして、それは異世界での最強生物とされる、魔王にも当てはまるのではないかと考えたのだ。
勿論、魔法やなんやらがある世界なので、寿命という概念を消したりなどできるのかもしれないし、この程度の年数、一万年では死なないという可能性もある。
しかし、前者であるならひとまず諦める他ないのかもしれないが、後者であるなら再び冬眠の時間を追加すればいだけの話だ。
それに、なんなら星の寿命というものも存在するわけで、この星が何らかの事象により崩壊、消滅するまで冬眠するという手もある。その場合は前者の場合でもクリアできるだろう。
まぁただそうなった場合何百億年、下手したらそれ以上の月日冬眠するハメになるかもしれないし、その間に予期せぬ不都合が発生して俺自身が死んでしまったりすることもあるだろうから、なんともいえない作戦ではあるのかもしれないが。
まぁどうであれ、ひとまずは確認を取る必要がある。
「おーい、神様ー!!」
俺は天へと向かって叫んだ。
魔王が死んだ場合、こうすれば対応してくれるという風に言っていた覚えがあるからだ。
『………………ん?』
するとどこからかそんな声が聞こえてきた。
頭に直接響いてくるような、テレパシーのような感覚だった。
「あ、神様ですか?」
『えーっと、あなたは……』
俺の頭に響いてくる声は、まさしく天国で面会したあの神の声だった。
つい最近のことなので、間違えるはずもない。
「すみません、一応魔王が死んだかどうかの確認をしたいのですが」
『……少々お待ち下さい、えーと、この世界は……』
神は俺の声にきちんと反応しているようだった。
しかしどうにも歯切れが悪いというか、様子がおかしい。
『エリジス……? そう言えばこんな世界あったような……失礼ですがお名前は……?』
「え? 僕は龍散ですよ。あなたに魔王を倒すように依頼されて、この世界に送り込まれた」
『…………』
やや間があって、神は声をあげた。
『……あ……ああ…………ああああああああああーーーーーーっ!! 思い出しましたーーー!!』
でかい声が耳元で響いた。
『あの魔王討伐するとか散々意気込んでおいて、いざ異世界に転生したと思ったら即効居眠りを決め込んだあのヤバい人ですか!?』
「……あの、神様?」
なんか以前話した時よりも雰囲気が違う気がする。
『いやー、あの時は本当絶望しましたよ。何か意味ありげな感じだったので何かやってくれるんじゃないかと相当期待してましたのに、やったことと言えばただ寝るだけですからね。しかも何日経っても一向に起きないし……。ルール上他の転生者を送り込むこともできませんでしたから、もう八方塞がりでどうしようもなくなって……結局世界ごと見捨てるハメになっちゃったんでしたっけ?』
神はやけに陽気なテンションで言葉をまくし立てていた。
「あの、なんか性格が以前と違うような気がするのですが……」
『え? ああ、それは勿論天国というのは正式な場ですから、それなりに粛々とと言いますか誠実な対応を求められるってものですから。当然猫ぐらいかぶりますよね。適当な神と思われて任務を雑にされても困りますし。今はオフなんで関係ないですけど』
「…………」
俺はいまいち続く言葉が出てこなかった。
『にしてもそんなあなたが今頃一体なんの用なんです? 長い睡眠ライフを堪能していたのでしょう? なんならそのまま一生眠り続けていたらいいのではないですか?』
「いえ、そういうわけにはいきませんよ。魔王を倒した暁には願いを叶えて貰うという約束がありますから」
『……そんなのありましたっけ?』
「絶対にありました。そのために俺はわざわざ魔王討伐なんて任務を引き受けたんですから」
それが一番大事なところなのだ。
反故になんてされたら堪ったものではない。
『あーっ、はいはい。確かに記録を見てみる限りそんな契約をしておりますね。ていうかこれって魔王討伐じゃないですよね? 魔王放置ですよね?』
「魔王が死んだらオッケーみたいな感じだったと思うのですが。因みに魔王って今どうなってるんですか? もう死んでたりします?」
俺は一番聞きたかった質問を尋ねてみた。
『はぁ、あのですね。当然死んでますよ。どれだけ時間が経ってると思ってるんですか。魔族の寿命なんて人間の数倍といったところですからね。それでも千年くらいは生きたんじゃないですか? 確か結局世界が魔族によって支配された後魔族の中でも闘争が勃発して、なんかごちゃっとした状況が長期間続いたんですよ確か。そしてその隙を突くようにして超霊族という種族が少しずつ勢力を拡大して、なんやかんやで世界の派遣を握ることになっていったような……? 正直そのぐらいからその星の管轄が私から外れましたので、そこからどんな感じになったかとかはちょっとよく分からないんですけれど』
何やら俺が冬眠している間に世界情勢は大きく変わっていってしまったようだ。
「じゃあ魔王は死んだってことで、俺の願いは叶うってことでいいですか?」
『いや、それは流石に……って言いたいところでしたけど、なんか任務達成ってことになってますね。何でなんでしょうね、あなたはただ寝てただけなのに』
「何だっていいですけど任務クリアってことなら早く願いを叶えていただけませんか? これでももう大分長い年月待ったんですよ」
『いや待ったというか寝てただけだろ。なに待ちくたびれたみたいな雰囲気醸し出してんだよ。……おほん、ま、そういうことなら仕方ありませんね。大変遺憾ではございますが、ルールを破るわけにもいきませんし、いいでしょう。あなたの願いを叶えることと致します』
「ありがとうございます」
ありがとう、感謝。
ああ、これでようやく会えるんだね。
『それであなたの願いって何でしたっけ?』
「もちろん地球に帰ることですよ。しっかりしてください」
『ああ、そんな風になってますね。了解です。まぁこの世界もう人間あなた以外いないみたいですし、このまま生活するっていうのもどの道辛いでしょうしね。まぁ別にあなたがどうなろうと知ったことではないですけれど。はい、それじゃあとっとと復活してくださいな。はー、なんか奥歯に挟まった食べかすが取れた気分』
そうして晴れて俺は地球に復活することとなった。




