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「……てください……きてください」


 ――起きてください。


 耳元でハッキリとその声が聞こえた瞬間、俺は目覚めた。


「……え?」


「ふぅ、目覚められましたか。想定以上にぐっすり寝ておられましたので少々驚きました」


 そこにいたのは物凄く美人な妙齢の女性だった。

 肌は白く、髪も白い。そして古代風味のある白い衣装に身を包んでいる。


「あの、あなたは?」


「私は神ですよ。そして驚かれるかもしれませんが、ここは天国です」


 その言葉を聞き、確かに俺は驚いた。

 しかしすぐに理解した。


 思い出したのだ。

 少し前――と言っても俺の主観的にだが、前にいた場所、そこで起こった出来事、そして……最終的に俺がどうなったかについて。


「なるほど、僕は死んでしまったんですね」


 俺は諦め混じりに言葉を吐いた。

 俺の記憶にある出来事と、今ここ、白く先の見えない謎の空間で、いかにもな謎の女性と対面しているという現実。

 夢やなんだと逃避するより、認めてしまう方が俺にとっては簡単だったのだ。


「はい、大変お気の毒には思いますが、それが紛れもない事実です」


 神と名乗る人物はまぶたを落としながら、きっぱりと告げてくる。


「そうですか……あーあ、告りたかったのになー」


 俺は大きな一人ごとを呟いた。

 一瞬大きな悲しみが俺の胸を襲ったが、すぐに何もかもがどうでもいい気分になった。

 俺の夢は終わったのだ。

 あの子と結婚し、幸せな家庭を作る。

 それができなくなってしまった以上、俺が存在する価値は、もうない。


「何か、思い残したことがありましたか?」


「はい。でももういいんです。天国ということでしたら、これ以上僕が何か思う前に早く成仏させてください」


「でしたら今回の件は龍散さんにとっては朗報かもしれませんね」


「え?」


 俺は思わず聞き返した。

 よく意味がわからなかったのだ。


「どういうことですか?」


「はい、実は今回龍散さんをここにお呼びしたのは、れっきとした理由があるんです」


「理由……?」


「はい。といいますのも、龍散さんには異世界に転生し、魔王を倒していただきたいのです」


 いきなりのことで驚かれるかもしれませんけどね、と神と名乗る女性は付け足す。


「魔王……転生、ですか」


 俺はなるほど、と小さくため息をついた。

 異世界に転生する、確かにそれは驚くべきことなのかもしれない。

 普通であれば二度目の人生を得られるということでテンションバク上げ案件に違いないだろう。

 しかし俺は違った。

 これ以上生きたいなどとは別に思えなかった。

 あの子に会えないのなら、もうどんなことにも意味はないのだ。


「あれ、思っていたより驚かれませんね?」


「地球では駄目なんですか?」


「それは申し訳ありませんがルール上できない、とお答えする他ありませんね。実際神はほとんど全能とも言える力を行使することはできます。しかし"神の掟"とよく呼称されるのですが、神々の間では遵守するべき厳戒なルールが敷かれているのです。それぞれの神が好き勝手振る舞ってしまえば一切の収集がつかなくなってしまいますからね。ですので申し訳ないのですが私個人の判断でどうこうできる話ではないのですよ。今回の異世界への転生は"魔王討伐"という正当な理由があるため限定的に可能というわけでありまして」


 その返答に対し、はぁ、と俺はため息を付く。


「そうですか……」


 やはり希望はなかったのだ。


「まぁただし」


 しかし神は言葉を続けた。


「あくまで転生する際には、という話ですけどね。実は今回龍散さんに依頼させていただいている魔王討伐の任務なのですが、当然成果報酬というものもございまして……その内容というのが、クリア者の願いを一つだけ叶えるというものなのですが」


「ほんとうですか!?」


 俺は神の顔面へとビタビタに接近した。

 整った小顔が鼻の先に存在していた。


「は、はい。それも、そういうルールですので……」


「だ、だったら!」


 俺はさらに食い入るように神に迫った。


「例えば元の世界で復活する、といったことも可能なんですか!?」


「え、ええ、その程度でしたら勿論可能かと思いますよ」


 う、うそだろ……


 俺は自然と笑みが浮かんでくるのを自覚した。

 正直もう諦めかけていた。

 あの子と会えることはもうないのだと。

 俺が存在する理由はもうなくなってしまったのだと、そう思っていた。


 でもそうではなかった。

 チャンスがあった。

 あくまで神のいうことが本当であるならばの話ではあるが。

 いや、この期におよんでそんな疑念を抱くことに意味はない。

 僅かな可能性。

 俺の願いを実現できる、ほんのちっぽけな可能性が、少しでもそこにあるのならば。

 俺は立ち上がる。

 あがき抜いてみせる。

 俺のあの子への思いはそんなチャチなものなんかじゃない。

 一縷の望みがそこにある限り、俺は絶対にまいることはない。


 やってやる。俺はやってやるぞ!




「話を聞きましょう。詳しく聞かせてください」


「すごい変わりようですね……いえ、私としてもありがたい限りです。そうですね、魔王を倒すという任務なのですが、当然そのままの転生となりますと手も足も出ないということになりかねませんので、まずある程度の身体能力を付与させていただきます。そしてこれが一番大事な部分なのですが、転生者の方には強力な能力を授けさせていただくことになっております」


「なるほど、能力を使って魔王を倒すというわけですね、では魔王を一撃で倒せる能力にしてください」


「……申し訳ないのですが、それはできません。と言いますのも我々にもわからないのです。どうすればあの強力無比な存在を倒すことができるのか」


「シンプルにその強さを上回る力を授けさせればいい話じゃないですか?」


「そうはいかないのですよ。これもルールで決まっておりまして、転生させるにしても、その世界のバランスを崩さない程度に、という制約になっているのです。そもそもそんな無茶苦茶なことが可能なのであれば、私どもが直接天から裁きを与えればいい話ということになりますし」


「まぁそれはそうか」


「ですのであくまで"その世界の均衡を崩さない程度"の、一定の上限に収まる強さの能力しか授けることができないのです」


 そういう事情があるというのなら、それはもう仕方がないと言うしかない。


「その上限というのは、当然魔王に比べて低いということですよね?」


「そうなりますね。ですので私どもも手を焼いているのです。魔王は強くなりすぎました。魔族という種に属するのですが、元々他の者と別格の才能を有して世に生まれ落ち、さらに闇魔法を極めた先にある超次元悪魔法で生命の魂を取り込み続けた結果、もう誰も手がつけられないような化け物に仕上がってしまいました。さらには今なお成長を続けているという異端っぷりです」


「それを一人でどうにかしろということですか?」


「……無理を言っているのは承知しております。しかし私どもももう転生者の方に頼るより他はないのです。能力は自由にカスタマイズできますので、魔王を倒せるような能力を閃いていただくということになりますが……正直私どもでは全く思いつきません。丸投げという形で情けない限りなのですが」


 神は困り顔で下を向いていた。

 本当に為す術がないといった感じだった。

 実の所は俺にもそんなに期待はしていないのかもしれない。


「ちなみに龍散さん以前にもすでに別の転生者の方を何人かその世界に派遣したりもしました。しかし全員が返り討ちにあって全くうまくはいかず。一応は適正のある方を選んでいるつもりなのですが。はぁ、本当にどうすればいいのやら……」


「なるほど、事情はわかりました」



 大体のあらましを聞き、俺は考える。


 魔王を倒すことが可能な能力というものを。


 確かに、話を聞く限り難しいミッションなのかもしれない。


 でも俺の中の辞書に諦めるという文字は存在しない。


 なんとしても魔王を倒し、元の世界に帰還してみせる。


 だから俺は考えた。


 考えに考えた。


 もしかすると今までに一番考えたかもしれない。


 いや間違いなく一番考えた。


 脳という脳を、ひねりにひねって絞り出す。


 そして、閃いた。


 魔王を倒す、画期的な方法を。





「決まりました」


「え? 決まったというのは、能力がですか?」


「ええ、これなら確実にいけるかと思います」


 俺は自信を込めて言い放った。

 神は自信満々の俺にかなり驚いているようだった。

 しかし俺の態度に何かを感じたのか、気を取り直し向き合ってくる。


「……承知いたしました。一応能力に関しては転生の際にご自身でイメージしていただければ、おおよそその通りの性能になるかとは思います。ですが、先程も申し上げた通り、強さには上限がありますのでご注意ください」


「ええ、任せてください」


「期待しております。龍散さんが最後の砦なんです。本当にお願いいたします」


 神は神妙な顔つきで目を閉じ、頭を下げた。

 そこまでしなくてもとは思ったが、それだけの思いを持っているのだと受け止めることにした。


「はい、任せて下さい。あ、それと確認なんですけど、願いは"元の世界に生き返る"でお願いしたいんですけど、魔王が死んだ瞬間に願いは発動する感じなんでしょうか?」


「え? ああ、そうですね。魔王の存在が消滅した後に私とコンタクトがとれるようになっておりますので、天に向かって呼んでいただければその時で対応いたします」


「分かりました。では僕の準備はできてますので、お好きなタイミングでどうぞ」


「かしこまりました。そこまで自信がおありということでしたら、何か秘策があるんですよね。私どもにできることと言えばエールを送るぐらいしかありませんが、それでも本当にご活躍を願っております。本当に頑張ってください」


「ええ、この僕にお任せください。必ずや勝利をお届けいたしましょう」


 その言葉を皮切りに、俺の体は光に包まれていった。


 ふっ、まさかこの俺が異世界転生なんてするハメになるとはな。

 でもいいさ、やってやる。



 俺は異世界を攻略して――絶対に元の世界に帰還する!!




 決意を新たに、俺の意識は闇へと吸い込まれていった。



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