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「いらっしゃいませ~」
気の抜けた挨拶を貰いながら、俺はその狭き門をくぐり抜ける。
と言ってもここはただのコンビニエンスストアで、そんな大仰な言い方をする必要はないのかもしれない。
しかし、今日の俺にとって、それは大げさなことでも何でもなかった。
俺こと田島龍散は近所の高校に通う普通の高校生だ。
俺の高校は進学校な為、全国の平均でみるならばそこそこ頭は良い方なのかもしれないが、特徴や特技と呼べるものは本当にそれくらいのもので、取り立てて特筆するべきものは持ち合わせていない。
しかし、それでも俺には譲れないものがあった。
この衝動を抑えることはできなかった。
こんな俺でも、一輪の花を、咲かせてみたかった。
そう、今日こそ俺は、"あの子"に告白してみせる!
俺がいつも通っているこのコンビニ。
そこで働いている、とある一人の女の子。
歳は俺と同じくらい。甘栗色の艶やかなショートカットに白いヘアピン、思わず抱きしめたくなってしまうような女性特有の丸みを帯びながらも華奢な体。そして、何よりシンプルに可愛いあの顔。
全てが俺のどストライクだった。
普段は比較的キレる雰囲気を醸し出してるこの俺の理性が吹っ飛んでしまうくらいには、魅力的なスイートエンジェル。
そんな子に「ありがとうございました」と笑みを向けられたりなんてしたら……
ああ、もう、我慢できない。
ごめんね、もう駄目なんだ。
あの超絶かわわな女の子を是が非でも俺のものにしてやる!
まだ一回も話したりコンタクトを取ったりしたことはないけれど、そんなこと関係ない。
時間じゃない。大事なのはハートだ。
ここで俺は男を見せてやる。
そんな覚悟を持って、俺は今日この日、このコンビニへと訪れているのだ。
自動ドアをくぐると、俺は高鳴る心臓を押さえつけながらも、冷静にかつ素早くレジの方を観察する。
あの子が働いている時間帯と、俺のいつも通う時間帯、まぁ夕方から夜にかけてくらいなのだが、その時間帯はよくかぶる。
だからこそあの子に出会うことができたわけなのだが、まぁ仮にずれていたとしても俺の方から無理やり合わせにいっていただろうがな。
「……っ!」
そうして俺は見つけた。
レジ打ちをしている、天使の如き輝きをまとう彼女の姿を。
やっぱりいた。
やっぱり可愛い。
今すぐ抱きついてしまいそう。
「……ふぅ……落ち着け俺」
俺はとりあえず彼女から見えない位置にハイドし、深呼吸をする。
浮ついていては駄目だ。
男らしさを見せるんだ。
「よし、いくか……」
俺は手に持ったバラの花束(五千円くらいした)を握りしめながら、歩みを開始する。
もちろん行く先は彼女の方向だ。
俺の作戦はこうだ。
まず普通に手頃な商品、今回はおにぎりを持ってレジに並ぶ。
そして会計が終わり、レシートを受け取る際に、伸ばされた彼女の手をつかむ。
そしてレシートと交換するようにして、花束をその手に渡す。
そして最後に、驚いてこちらの方を見てくるであろう彼女に向かって、愛のセリフを叫ぶ。
完璧だ。
俺がこの日のために練りに練った作戦。
いけるビジョンしか見えない。
いや、正直言うとちょっぴり不安だ。
弱気になってしまっている自分が、果敢に挑もうとしてる自分の足を重く鈍らせてくる。
――いや、負けない! 俺はこの程度の重圧になんて屈しない。
屈していて男が務まるものか!
勝負してやる、やってやるぞ!
決意を固めた俺の足の重荷は、いつの間にかなくなっていた。
レジの方を見る。
やはり彼女はいて、しかもなんの偶然か、丁度前の客が会計を終えたところで、レジには誰も並んでいなかった。
――ちゃ、チャンス!
俺は内心そうつぶやきながら、レジの前へと並ぼうとし――
「強盗だ! 手を挙げろ!」
そこに、丁度、黒い頭巾をかぶり、手に拳銃をもった男が、店内に突入してきていた。
――え、えーーーーっ! 嘘だろ!?
俺は思いっきり心の中でツッコんだ。
俺が決意を固め、作戦を決行すると決めた大事な日。
その日、その時間に、丁度強盗がやってきてしまった。
こんなことあるか普通? なんでこんな日に限って丁度かぶるんだよ!
心のなかで己の運勢を呪うが、ここに至ってはもうどうしようもない。
とりあえずはこの状況に否が応でも対応していくしかなかった。
強盗の数は一人。
中肉中背の恐らく男で、全身を黒ずくめに固めて素性がバレにくいようなファッションをしていた。
「余計な真似するなよ! 一歩でも動いたら撃つぞ!」
男は拳銃をそばにいた客や、店員の方に見せつけるように構え、威嚇していた。
店内にいた者たちは、全員が顔を恐怖に染め、両手を上にあげている。
もちろん、俺もそれはどうようだ。
うーん、正直コンビニ強盗にしては、やけに本格的な武装をしてきているなーなどと呑気なことを考えていると、なんと、ここで動く者がいた。
「……っ!」
強盗に対し一番近くにいた人物。
丁度俺の前にレジに並んで外に出ようとしていた男が、強盗に飛びかかったのだ。
その男はちょっと小太りで、背もそんなに高い感じではなかったが、なんとなく地の力はありそうな体格をしていて、拳銃を持つ男を抑えにかかっていた。
「――大人しく、しろ!」
「――く、クソがッ!」
小太りの男と強盗の男は激しい取っ組み合いになっていた。
両者ともに倒れてはいないものの、力と力のぶつけ合いといった感じで、掴み合い激しく暴れまわっている。
――バン!
そして数秒ほど、実際はそれよりも長く感じた気がしたが、両者の均衡が崩れる出来事が起こった。
強盗の男が拳銃を発砲したのだ。
気づけば小太りの男はふにゃふにゃと体勢を崩しており、やがて地面にうずくまる。
胸を抑えながら過呼吸を繰り返し、バタリと仰向けに倒れた。
その押さえつけた服の部分からは、夥しいほどの赤黒い液体が溢れ出ていた。
「キャあああああああああああああああああああああ!」
女性の甲高い悲鳴が響き渡る。
それはそうもなるだろう。人が撃たれたのだ。
その驚きや恐怖は、平和ボケした日本で過ごしてきた者たちにとっては、計り知れないほどに増幅されたに違いない。
かくゆう俺も普通にビビっていた。
「ち、手間取らせやがって! おい!」
そして小太りの男を倒した強盗の男は、乱闘の勢いそのままに、ずんずんとレジの方に向かってきた。
そう――俺のいる方向へと向かって。
「え? あ」
俺はここにきて普通に混乱した。
今まではなんとなく他人事のように成り行きを観察していたが、いざ俺がその渦中に入りこむとなれば、話は違ってくる。
「どけ!」
「うわっ!」
俺は向かってきた男に乱暴に押され、かなりの距離をよろめき盛大にこけた。
急な事態に心臓がバクバクと、さっきまでとは別ベクトルで高鳴っているのがわかる。
「おい、金を出せ」
そして男は当然のように、レジの先にいるその女性に向かって、拳銃を突きつけた。
そこには俺がこれから告ろうとしていた。麗しき彼女の存在があった。
彼女は顔を恐怖に引きつらせ、震える両腕をただ上へとあげるだけだ。
あまりの事態に、どうしたらいいのか分からないのだろう。
ああ、このままだとヤバい。
間違いなく、彼女の身が危ない。
俺は震える足に活を入れた。
――く、くそ、これ以上彼女に、彼女に……手をだすなああああ!
俺は力の限りを振り絞って強盗へと掴みかかった。
「なんだてめぇ!」
しかし何のトレーニングもしていないオタク気質の俺の腕力で敵うはずもなく、腕を振り払われただけで、俺は再びコケてしまった。
――バン!
そうして再度鳴る銃の音。
その音を聞くと同時に俺の意識は遠のいていった。
最後に見た光景は、俺の方へと銃口を突き出している強盗の姿だった。




