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恥は晒さなければいい-2



「人を追い詰めることはあっても、窮地に陥る姿はまったく想像できないわ。この間寮にいらっしゃったときも、逃げ場のない場所で虎と遭遇したらこんな感じなのかしらって思ったもの。ね、ノエルちゃん」

「そうですね……」


 その時の様子を思い出したのか、ノエルさんも神妙な顔で頷く。いつも何事もおっとり受け流すナンシーさんや、普段冷静なノエルさんも怖かったようだ。


「た、確かにヴァイオレットさまが窮地に陥る時は、それこそこの世の終わりくらいしかないような気もしますけれど……」

「そんな状況下なら、たとえ百戦錬磨の凄腕の令嬢にだってできることは何もないだろ」


 スヴェンがきっぱりと言う。


「そんな中でもしもお前が役立つようなことがあるとしたら……付け焼き刃の令嬢仕草じゃなくて、それこそ薬作りしかなくないか?」

「た、確かに……!」


 尤もすぎて返す言葉もない。

 それではやっぱり、私は今まで通り薬作りに精を出すべきなのだろうか。


「ですがそれを言ってしまうと、ソフィアさんの今までの血が滲むような努力は無駄に終わってしまいませんか? …………いえ、恐ろしい環境を耐え抜いたというだけで、精神は鍛えられたのかもしれませんが」


 それまで黙って話を聞いていたノエルさんが、慎重に口を開いた。


「そもそもエルフォード公爵令嬢に命じられたことが『恥を晒すな』ということなら……恥を晒さないように、頑張ればいいのではないでしょうか」

「まあ、それもそうかもしれないわねえ」


 頬に手を当てて、ナンシーさんが頷く。


「動機がどうであれ、年ごろの女の子なのに重度のワーカーホリックなソフィアちゃんが何か興味を持ったら応援してあげたいわ。それに何より! その場には令息や令嬢が集まるのでしょう? お友達や恋人を作るような、軽い気持ちで行ってもいいと思うの」

「お前は軽い気持ちで恋人を作りすぎだけどな」


 ナンシーさんの言葉にスヴェンが呆れた表情で突っ込むと、ナンシーさんは「あららら」と、痛ましいものを見るような目をスヴェンに向けた。


「スヴェンったら……まさか重い気持ちで恋人を作ろうとしてるの? あなたがモテない理由がわかってしまったわ」

「俺は正しい倫理観のもと正しい重さで生きてるんだよ」

「とにかく、それは置いといて。ソフィアちゃんは一人の自由な人間。行きたければ行けばいいし、行きたくなければ行かなくていいんじゃないかしら?」


 額に青筋を浮かべて抗議するスヴェンをさらりと無視し、ナンシーさんがウインクをする。

 それと同時に、後ろから可愛らしい声が響いた。


「あっ、ヴァっ……ソフィアさま!」

「ルーナちゃん!」


 駆け寄って抱き着いてくるルーナちゃんに笑顔を返す。まだまだ完治までには至らないけれど、目に見えて良くなってきた手は、また力が強くなってきた。

良かったなあと頬を綻ばせると、ルーナちゃんも朗らかに笑う。


「お洗濯、手伝う! その代わり本を読んでくれる?」

「いいですよ!」


 頷くと、ルーナちゃんがやる気に満ちた表情で腕まくりをする。

 早く洗濯を終えるために、私は手を動かした。


◇◇◇



「――世界を滅ぼそうとする悪い悪魔を倒したそのひとは、神さまから祝福を授かりました。高貴な紫色の光がひらひらと、あたり一面に降り注ぎます。世界には良い香りが漂い、人々は良いきもちで空を見上げ、平和になった世界を喜びました。そしてその人は今でも世界を救うため、この世界のどこかに生きているのです。――おしまいです」

「おもしろかった!」

「わくわくしましたね!」


 絵本を閉じ、顔を見合わせ合う。

 あれからお洗濯を終えた私たちは、ルーナちゃんのお部屋で児童書を読んでいた。

 ナンシーさんとスヴェンとノエルさんは、すでに帰宅していた。今度手伝ってくれたお礼をあらためてしなくてはいけないなと思いつつ、読み終わった児童書の表紙を指でなぞる。


 これは国教であるルターリア教の、外典と呼ばれるものを子ども向けにわかりやすく書き記したものらしい。

 神学の基礎がほとんどない私にもわかりやすく書かれていて、夢中になって読んでしまった。


「特にこの、『人々を癒す花の女神』が素敵でしたね。広場にあるあの女神像が、花の女王だと思いませんでした」


 この外典に出てくる花の女王は、人を癒す力を持っていた。その力で主人公である男性を助け、悪魔の封じこめに尽力する。

 その手助けのおかげもあって世界に平和が訪れたのだそうだ。すごい。

 そういえば先日の花祭りで、ヴァイオレットさまの気まぐれ(?)により選ばれた花の女王だけれど、あの時凄まじい歓声が上がったのは空から降る紫色のお花が綺麗だったことに加えて、この伝承を彷彿とさせるものだったからなのだろう。


「こんな風に凛々しくて優しく、強い女性になりたいものですね……」


 このお話の中の女性はいつも凛々しく、果敢にあらゆることに立ち向かっていた。

 私もすぐに怯えるばかりではなく、こんな風にいざという時怯えずに役立つ人間になれたらどんなにいいだろう。

 そんな私の小さな呟きにルーナちゃんが一瞬目をぱちぱちと瞬かせたあと、大きな声を出した。


「私にとって、ヴァ……ソフィアさまは、もうすでに優しくて凛々しくて、強い人よ!」

「!」

「薬の話しかしないところはどうかと思うけど、ソフィアさまは充分すごいもの」

「ルーナちゃん……!」


 嘘じゃないことがわかるその本気の表情に、くすぐったいような嬉しい気持ちでいっぱいになる。

 実際にはルーナちゃんが思うよりも情けない私だけれど、それならいつかは近づけるように、少しずつ努力していくしかない。


「いつか花開くまで、コツコツ頑張っていくしかないですね。開花まで百年かかるお花もあるくらいですし」

「そんなに時間のかかるお花があるんだ」

「あるんですよ! それもとても使い道が幅広いんです」


 ルーナちゃんの相槌に、大きく頷く。


「開花まで時間がかかる花は数多くありますが――特に芽が出てから開花まで百年かかると言われるセンチュリー・プラントという植物は甘味料にも蒸留酒にもなるんです。場所によっては建築資材にも使われる他なんと燃料としても使われるのですが、ありがたいことにもちろん薬効も優秀で……! あっ」

「……」

「すみません」


 ジト目になっていたルーナちゃんに謝ると、ルーナちゃんは「いいわよ」とおませに許してくれる。

 そのまま外が茜色に染まるまで、私たちは少しお喋りをした。




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