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誰よりも美しくて気高い公爵令嬢



 ホールに一歩入ると、その場の視線がすべてヴァイオレットさまに吸い込まれる。

 空気が変わったことが、肌でわかった。


(すごい……)


 ヴァイオレット様は、ただ歩いているだけだ。

 それなのにヴァイオレットさまの動作はとても優雅で、その場にいる誰もが目を奪われる魅力があった。

 どんな場所にいても、その場を支配し我が物顔で優雅に振舞うヴァイオレットさまを、今まで私はこの目でしっかりと目にしてきている。


 けれど豪奢で美しい王城のホールの中、きらびやかな方々が集まる場に立つヴァイオレットさまは別格に美しかった。

 立っているだけで、歩いているだけでその場の空気が変わっていく。


 あらためて思う。

 この方は不遜で強いというだけではなく、すべてのものを持ち合わせた方なのだ。


「……じろじろと見て、何か言いたいことがあるなら言ったらどうなの?」


 なんだかすごい芸術品を見ているような心地でまじまじと見ていた私に、ヴァイオレットさまが不快そうな視線を向ける。


「あ、いえ……ヴァイオレットさまは、こういった場がすごく似合ってお綺麗だなと……」

「くだらないことを」


 鼻で笑われる。当然のことをわざわざ口に出すなと言いたげだ。


「そういえばヴァイオレットさまもいらっしゃったのですね。今日は来られないかと思っていました。あっ、ですがエスコート役は大丈夫でしたか……?」

「お前は私を誰だと思っているの? そんなもの、どうとでもなるわ」


 どうとでもなるものなんだ……。

 まあ、相手はヴァイオレットさまだ。それにしても実りのない夜会に行く気などないと言っていたのにな、と不思議に思って首を傾げる私を、ヴァイオレットさまがまた鼻で笑う。


「くだらない夜会に出る気はなかったけれど、お前の初舞台ですもの。無様な姿を晒していたら、お前の教師を務めている私の末代までの恥になるでしょう? いざという時、体を動かしてやろうと思ったのよ」

「そ、それだけはやめてください……!」


 思わずしぶい顔になる。自分の体が勝手に動く恐怖というものは、今まで味わったことのない気味悪さがあるのだ。


「一体なんて間抜け面を晒しているの」

「いっ……痛いです!」


 ヴァイオレットさまに額を指で弾かれる。

 目に星が飛ぶかと思うほど痛んだ額を手で押さえると、ヴァイオレットさまはこの上なく楽しそうに笑った。ひどすぎる。

 ひとしきり笑ったあと、ヴァイオレットさまは「そんなことよりも」と目じりの涙を拭った。

痛がる私に涙が出るほど笑うなんて……と更に高まるヴァイオレットさまの人でなし度に心の中で抗議しつつ、耳を傾ける。


「あの男が誘った茶会には出なくていいわ」

「え……」

「今夜でもう充分。国王主催の夜会で、それなりに実戦経験は詰めるでしょう。薬馬鹿のお前が他の令息や令嬢と交流を深めたところで、おそらくお前にとっても実りのないものになるだけよ」

「そ、そうですか……」


 普段の私なら、安心して喜んでいたと思う。

 ディンズケール公爵は終始私に友好的で、とても紳士的だった。けれども私に向けられる目には時折無機物を見るような色が混じっているような気がして、なんだか少し苦手を感じる方だったのだ。


 それに何より、そもそも私は場違いな場に出るのは苦手だ。

そして茶会はとても時間がとられる。その時間があれば積んでいる様々な本や論文を読むことが出来るし、試してみたい研究がたくさんできる。


(だけど……)


『才のある人間を助けたいと思うのなら、自分が弱みになることを自覚して、離れることが互いのためではないかな』

『君が自分を、ヴァイオレットと対等でないと思っているのなら尚更だ』


『友人は増やしたほうがいい。今日もエルフォード公爵にエスコートしてもらっていたようだが……いつまでもエルフォード公爵令嬢に頼りきりでいるのは、君だって本意ではないだろう?』


 今日聞いた言葉の数々が浮かび、口をつぐむ。

 するとヴァイオレットさまが眉を寄せ、訝し気に口を開いた。


「なあに? お前、まさか出たいとでも言う気?」

「い、いえ……本当にこれっぽっちもまったく出たくはないのですが……」


 ただ、私には貴族令嬢としての経験が圧倒的に足りない。

 たとえば先ほどの、ディンズケール公爵とヴァイオレットさまとの間でばちばちと散った花火。あそこにいたのが私ではなくクロードさまや陛下なら、うまく執り成すことができたのだろう。


「なんというかその、出たら私も少しは成長するような気がしまして……。あっ、それにその茶会には、フレデリック・フォスターさまもいらっしゃるそうなのです」


 話している途中でディンズケール公爵の言葉を思い出し、左の手のひらを右の拳でポン、と叩く。


「フレデリックさまは錬金術師でいらっしゃるそうなのですが、なんとつい先日から薬師界を騒然とさせている『金属は薬に成り得る』という論文を書かれた方でしてそもそもこれまで金属は人体に重篤な症状を齎す毒だというのが通説だったのですがしかしこの論文を参考にお祖父さまが鉄粉を使って貧血薬を作ったところ一時的に軽い副作用は見られたものの貧血の症状が大きく改善したというデータがあり同症状に効く他のお薬と比べてもデメリットよりもメリットの方が大きいのではないかと推測できます。ですから今薬師界ではこれまで研究されなかった金属の……」

「……」

「大変失礼致しました」


 射殺されそうな程鋭く冷たい視線と舌打ちに、弾丸のように続きそうだった言葉を飲み込む。

 するとヴァイオレットさまが呆れ果てた顔を私に向けた。


「お前はそろそろ自分を知ることね。人を見る目もないくせに、与えられたものを疑うことさえしない。そんなお前はたとえ令嬢として及第点の振る舞いができたとしても、一人では食い殺されるのが関の山よ」


 愚かな生き物を見るような眼差しを私に向けたヴァイオレットさまがため息を吐いて、と冷めた目を向けた。


「そんなお前がたくさんの令嬢や令息が集まる場にのこのこと参加して、恥の一つも晒してごらんなさい。――……今後楽しい人生を送れるとは、まさか思ってないわよね?」

「ひっ……」

「ヴァイオレット」


 冷気すら漂う冷たい眼差しに射竦められ、震え上がった私の背後から、怒り混じりの低い声がする。

 振り向くとそこには、こめかみに青筋を立てているクロードさまがいた。


「またソフィアを脅しているのか」

 眉を顰めて、ヴァイオレットさまを見据えている。

 その威圧感はやはりこの国の騎士さまを統括する騎士団長のものだ。普段の優しさを知っている私も、思わず息を呑む。


 しかしそこはヴァイオレットさま。そんなもの、どこ吹く風といった様子だ。

 クロードさまの「脅迫はやめろ」「そもそも国王陛下主催の夜会に遅刻してもいいと思っているのか」といった説教を、完璧に無視している。


「今夜は季節外れの蠅がしつこく飛んでいるみたい。……それよりソフィア、いいこと? 私の言ったこと、よく肝に銘じておきなさい」

「誰が蠅だ」


 ますます額の青筋を浮き上がらせるクロードさまと、完全に無視をするヴァイオレットさま。


(……やっぱり、こういう時うまく取り成せるような社交名人になりたい……)


 ハラハラとその様子を見守りながら、私は今日一番の強い気持ちで強く願った。





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