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夜会



「まさか、とんでもないです!」


 驚きに首を振る。


「友人というのは対等な人間同士が結ぶ関係だと思うのですが、私がヴァイオレット様と対等な存在とは思えません」


 話している内に、最近考えていたことがすとんと胸に落ちる。

 ヴァイオレットさまにとってきっと私はチェスの駒のような存在だ。そしてそれは私だけではなく、きっと陛下やクロードさまも、ヴァイオレットさまにとってはそうなのだと思う。

 お父様であるエルフォード公爵にも、ご自分の考えを話さないというヴァイオレットさま。


――ヴァイオレットさまは、誰かに相談したり頼ったりしたくなることが、ないのかな。


 ヴァイオレットさまのそんな姿は想像ができないけれど、もしもその可能性があるとしたなら、既に投獄されてしまった大公閣下だったのかもしれない。

 そうしんみりしながら、口を開く。


「……でもいつか対等な存在に近づいて、ヴァイオレットさまの助けになるような人間になりたいです。ヴァイオレットさまはきっと人類最強かつ万能な方ですが、人間である以上、全能にはなれないと思うので……」

「……」

「も、もちろんおこがましいのは承知の上なのですが……」


 微笑みを湛えたまま沈黙するエルフォード公爵に弁解するようにそう言うと、穏やかな含み笑いが耳に入る。


「あの子に対してそういう気持ちを持ってくれる人間は貴重だからね、親としてはこんなに嬉しいことはない。……けれども一つ、忠告をしようかな。才のある人間を助けたいと思うのなら、自分が弱みになることを自覚して、離れることが互いのためではないかな」

「え……」

「君が自分を、ヴァイオレットと対等でないと思っているのなら尚更だ」


 驚きに二の句が継げないでいると、丁度馬車の扉が開いた。


 エルフォード公爵が先に降りる。


「それでは行こうか」


 そしてまるで今の会話がなかったかのように、先ほどと同じ微笑を浮かべたまま、私に手を差し出した。



◆◆◆


 ――王城のホールに入るのは、初めてだ。


 シャンデリアの光を浴びてきらきらと輝くホールの細工、美しく装った令嬢たちの美しさと華やかさに圧倒される私を、エルフォード公爵が頼もしく、しかし優雅に導いてくれる。


 場違いな気持ちでいっぱいの中、かろうじて恥を晒さずにすんでいるのは、頭に希少本を乗せて歩き続けた日々の成果と、何よりエルフォード公爵のエスコートのおかげだろう。

 しかし美しい容姿と貴族の中の貴族といった雰囲気を持つエルフォード公爵は、このきらびやかな場の中でもひと際目立っていた。

 先ほどの言葉の真意を考える間もなく、次々に貴族の方々が挨拶にくる。


「エルフォード公爵閣下。お会いできて光栄です」

「ああ、ハイアット侯爵。良い夜だな」

「閣下、お久しぶりでございます」

「ゲイティス伯爵か。久しいな」


 そう挨拶に訪れる方々は、事前に叩き込まれていた貴族のお名前や特徴のおかげで、皆この国の中心である、名だたる重鎮ということがわかった。

 そんな貴族の方々が、困惑とも好奇ともつかない目を私に向ける。


「今日はご息女とご一緒かと思ったのですが、これはまた……随分と可愛らしいご令嬢をお連れに」

「はは、ご存知の通り私は娘には勝てなくてね。その娘からのたってのお願いで、今日はこちらの可愛らしい才女のナイトを務めている」

「ソフィア・オルコットと申します。どうぞお見知りおきを」

「……オルコット伯爵令嬢?」


 笑顔を浮かべつつ、必死に精一杯優雅な礼を執ると、ざわめきが周りに広がる。

 何かおかしなことをしてしまったのだろうかと内心で焦ると、ひそひそとした声が耳に入った。


「社交界デビューの時と随分印象が……」

「王城の敷地内で畑を耕している時とも雰囲気が違うな」


 どうやら粗相をしたわけではなく、私の変化に戸惑っているらしい。


 確かに社交界デビューの時、異様なほどの輝きとオーラを纏っていた私(ヴァイオレット様)と、中身が凡人の私――ヴァイオレット様が派遣してくださった超一流の侍女の方々に一分の隙もなく身支度を整えてもらったとはいえ――では圧倒的な差がある。


 そして今日の私と、農具を片手に薬草栽培に勤しむ私とでは、雰囲気が変わるだろう。

 少しの居た堪れなさを感じつつ、それでもごくごく普通の令嬢として振舞わなければと頑張って笑顔を浮かべた私に、たくさんのお世辞が飛んできた。


「あげられた様々な功績、いやはや感銘を受けました」

「あ、ありがとうございます」

「その年齢で成功を収める秘訣は? ぜひ教えていただきたい」

「そ、そんな……運です。あとは……強いて言うなら人より少し多く時間をかけて、こつこつと薬作りをしていたことでしょうか……」


 ヴァイオレット様がいたら、私の受け答えはマイナス千点だと叱られそうだ。

 居心地の悪さに笑顔が引き攣り始めた私に、善意からか一人の男性が「そういえば」と話題を変えてくれた。


「オルコット伯爵令嬢は、カジノが得意とか!」

「えっ」


 衝撃に時が止まった気がした。


「ああ、私もその話を聞いたことがあります。名だたる勝負師が何人も、いつかあなたと対戦したいと焦がれているそうですよ。どうですか、今度一緒にカジノに行くのは」

「私も一度見てみたいものだ。神がかった強さにあやかりたいと、今オルコット伯爵令嬢にあやかる開運グッズは百を超えていると聞く。しかもそのどれもが完売に次ぐ完売なのだとか」

「それはすごい!」

「…………」


 聞いていない。いつの間にあのいんちきな開運グッズが百を超え、そして売れているのだろう。

 知らない間に詐欺の片棒を担いでしまっている気分だった。正直言って泣きそうで、今すぐひと気のない場所に走っていきたい。

 しかしヴァイオレットさまの命令により粗相が許されない今、私はここで引き攣った笑顔を浮かべるしかないのだった。

 口から出そうになる魂をなんとか飲み込みながら必死にその場に立っていると、丁度国王陛下の入場を告げる高らかな声が聞こえた。


「ヨハネス・デ・グロースヒンメル国王陛下のご入場です」


 扉から入ってきたのは、正装に身を包んだ陛下だった。

 優雅に歩くその姿は花祭りの日に民衆の前で演説をした時のように堂々としていて、いつもヴァイオレット様にしてやられる面影は微塵もない。


 場の空気が変わったことに安堵して陛下を眺めていると、私とその隣のエルフォード公爵に気付いた陛下が、笑みを浮かべたままこちらに歩いてきた。


「やあ、エルフォード公爵。ヴァイオレットは……欠席か」

「ええ。陛下もご存知の通り、気まぐれな子でしてね」


 エルフォード公爵が苦笑しつつ頷くと、陛下は微妙な顔で息をつく。その表情は王命を無視した呆れとも、来なくてよかったという安堵ともつかない表情だった。

 おそらく両方なのだろうなあと思っていると、陛下が私に目を向けた。


「それにしてもオルコット伯爵令嬢が、まさかエルフォード公爵と一緒とは思わなかった。……顔色が良くないようだが、大丈夫か?」

「あっ……はい、大丈夫です」


 どんどん実像とかけ離れていく私像に少々ダメージを負ったものの、しかしこのくらいのことでめげていたらヴァイオレット様の教え子は務まらないのだった。


 一旦、考えることをやめよう。


 そう気を取り直して頷くと、陛下が私に労わりの滲む目を向けた。


「慣れない夜会は、人酔いもするだろう。バルコニーで外の空気を吸ってくるといい」

「ですが……」


 エルフォード公爵に目を向ける。すると彼は目で頷いて、「どうぞ」と微笑んだ。


「今日の警備はクロードが統括している。近くにいるだろうから、見かけたら声をかけてやってくれ」

「あ……ありがとうございます。それではお言葉に甘えて……」


 できる限り優雅に礼をし、その場を離れる。

 おそらく陛下は私の緊張を見抜き、助け船を出してくれたのだろう。


 陛下は優しいな、けれどどこか私を見る目に哀れみを感じるような……と思いつつ、誰もいないバルコニーに出て、少しぬるい夜の空気を吸った。


――クロードさまは、どのあたりにいるかしら。


 庭園のあちこちにいる騎士さまの中にクロードさまがいないことを確認し、息をつく。ホールの中にはいなかったけれど、あちこちを巡回しているのかもしれない。


 近くにいるということだから、きっとホールにもやってくるだろう――そう思ってもう一度ホールを探そうと振り返ろうとした瞬間、後ろから声をかけられた。


「こんばんは」




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