プロローグ
本日から投獄悪女の連載再開します!
最終章です。本日は3回更新、明日から1日2回更新です。
あれは母の体調が悪くなる、少し前のことだ。
「殿下の口を塞いではだめでしょう」
その日ヴァイオレットは機嫌が悪かった。
今日参加した茶会が不快だった。子どもと侮って妙に気安く話しかけてくる大人たちも、「一の無礼を万で返すな」と小言を言うヨハネスも、その口を無理やり塞いだことを母に咎められたことも、何もかもが気に食わなかった。
お茶会の会場の庭園の端にある、咲き乱れる薔薇に囲まれたガゼボへとヴァイオレットを連れてきた母は、優しく、しかし真剣な眼差しをヴァイオレットに向けた。
「本当の淑女は人も他人も傷つけない道を選べるものよ」
「ねんれいだけではんだんして、子どもあつかいするようなもののことなど知ったことじゃないわ」
母の目を見つめ、言い返す。
「うえにたつものとして、みのほどをわきまえさせることはとてもだいじなことでしょう」
確かに口の塞ぎ方に問題はあったかもしれないが、間違ったことはしていない。
これは上に立つ者としての矜持の問題である。
しかしそれを言うと、母は美しく、しかし困ったように眉をひそめた。
「ヴァイオレット? 身の程というのなら尚のこと、殿下は未来の国王となる方で……」
「ああ、ここにいたのか。……まだ叱られていたのかな」
母の小言の途中で現れたのは、父だった。
微かな苦笑を浮かべつつ、ヴァイオレットの肩に手を乗せる。
「ヴァイオレットは王家と公爵家双方の歴史の中でも、飛び抜けた誇り高さを持っているようだ。この可愛いお姫様の苛烈さは父としては安心でもあり……少し、心配でもあるな」
「そうねえ」
小さく息をついた母が、ヴァイオレットに小さな笑みを向ける。
「……あなたの芯の強さ自体は、とても美しいものだとは思うわ。けれどね、ヴァイオレット。一人で立つことが平気なあなたの誇り高さが、いつかあなたを傷つける気がするの」
「わたしはじぶんがみじめになり下がるくらいなら、傷ついてもかまわないわ」
きっぱりと言う。
たとえ何があろうと背筋を伸ばし、誰よりも誇り高く、強くある。
生涯そうあれるように努力するし、何よりそのための才覚が自分にはあると確信していた。
そんなヴァイオレットに母は困ったように笑って、ヴァイオレットの頭を撫でる。
「強い人間は、孤独に生きる人が多いわ。特にあなたは心の内を明かさないから。だからこそ心配なの。いずれ あなたを理解して、守ろうとしてくれる人ができたとき――……」
その先の言葉は覚えていない。覚えていないということは、当時の自分にとってまったく響かない、取るに足らない言葉だったのだろう。
12月2日に投獄悪女の電子書籍3巻とコミカライズ2巻が発売されます。
橘歩空先生によるコミカライズ、今回もより面白い作品にしていただいているのでぜひよろしくお願いします…!