【書籍2巻発売&コミック1巻発売記念SS】ヴァイオレットさまと地獄のハロウィン
本日10月2日、投獄悪女の書籍2巻とコミック1巻が発売されました。
その記念SS、少し早いハロウィンです。
「……お菓子をくれなきゃ、いたずらする? まあ、ふふ。いい体験になったわ。……脅迫されたのなんて、生まれて初めて」
「きょっきょっ脅迫……!?!? そっ、そんなつもりでは」
地獄の番犬でさえ尻尾を巻いて逃げ出しそうな妖艶な笑みを浮かべて、ヴァイオレットさまが目を細めた。
「お前がこの私に一体どんないたずらができるのか、聞いてみたいものだわ」
「すっ、すすすみませっ……」
紫色の双眸に射竦められて、私は先ほど調子に乗ってしまった自分の言動を、深く深く後悔した。
◇
事の起こりは、つい三十分ほど前のこと。
「うん、かわいい。かぼちゃみたいなネタ枠もかわいいけれど、真面目なタイプにはやっぱり正統派でいかなくちゃね……あら、ようやく気づいた? ソフィアちゃん」
「……? あの、ナンシーさん。これは一体……?」
心なしかいつもよりも少し重い、頭の上に手を伸ばす。
するとそこには、ふわふわとした長い耳の動物――まるでうさぎの耳のようなものが2本、私の頭上に乗せられていた。一体何かわからず困惑する私に、目の前のナンシーさんがにっこりと微笑む。
「うさぎの耳よ」
「あ、やっぱりそうですよね。……って、どうしてうさぎの耳が……?」
さらに困惑をする私に、ナンシーさんはご機嫌な様子で説明をしてくれた。
なんでもナンシーさんの説明曰く、どこかの国では収穫祭の開かれる秋の終わりに、魔物がやってきて悪さをすると信じられているらしい。
そんな魔物に人間だと悟られないよう、人間以外のものに仮装をするという行事があるそうだ。
「そのお話を聞いて、楽しそう!と思って。だからそういう仮装に使えそうなものをいっぱい取り寄せて……せっかくだから、ソフィアちゃんの仮装姿も見てみましょうと思ったの。ノエルちゃんにはすげなく断られてしまったのよねえ」
「な、なるほど……」
今日は、週に一度のお休みの日。
朝からずっと部屋の中で、一人薬作りに精を出していた私の頭で、ナンシーさんは盛大に遊んでいたらしい。
「ちなみに仮装をする人は『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』と言うんですって。なんだかとっても楽しそうじゃない? ああでも、お菓子は少しねえ。ナッツとかアンチョビとかチーズとか、そういうものを貰えたら嬉しいわよねえ」
「ナンシーさん、お酒は少し控えてくださいね……」
「あっ、いけない。デートに遅れてしまうわ」
こう見えてとても酒豪らしいナンシーさんは私の言葉を軽やかにスルーして、慌ただしく大きなバッグを持って出て行こうとする。
扉を開くその直前か、思い出したように「あ」と振り返った。
「そうそうソフィアちゃん。今日クロードさまと会うのよね?」
「え? あ、はい。もう少ししたら、先日お借りしていた本をお返ししに行く予定で……」
「そうよね!」
そう言ったナンシーさんが、「ごめんなさい」と満面の笑顔を見せた。
「その耳、この間薬師長が作ったウィッグ用の超強力接着剤で留めてるの! うっかり剥がし液を持ってくるのを忘れちゃったんだけれど、責任を持って今日貰って帰ってくるわね。夜になったら取って――あ、でも全然、ソフィアちゃんが帰ってくるのは明日で構わないわ。もう全然構わない……けど、まあ、どうせ帰ってくるでしょうねえ」
「えっ!!?? あの、ちょっ――!」
「それじゃあね。楽しい一日を!」
ぎょっと目をむく私に笑顔のまま親指を立て、ナンシーさんは出て行ってしまった。
◇
(うっ……はがし液を作る材料もすべて無くなってた……)
頭にしっかりかぶった帽子を押さえつつ、私はこそこそと王宮の広場を歩いていた。
苦戦しつつなんとか帽子におさめた耳はなんだかとても頑丈で、手を離した瞬間にぴょいん! と跳ね上がりそうで少し怖い。
けれど借りたものは早くお返ししなければならないし、遅刻をするのも問題だ。
お返ししたらすぐに帰ろうと、帽子を握る手に力を込めた、その時。
「不審者のようにこそこそと、お前は何をしているの?」
「わっ!」
背後から美しい声がした。と同時に、被っていた帽子が取り払われる。
慌てふためいて後ろを振り返ると、そこにいたのはヴァイオレットさまだった。
今まで見たことがない顔――ドン引きと言った言葉が非常によく似合う表情で、私を見下している。
「あ、あの……これには深いわけがありまして」
いたたまれなくなり、事のあらましを急ぎ早口で説明する。
「……というわけでして。何も好き好んでこのような耳をつけたわけでは……」
「そうなの。おかしな薬を試し飲みしたか何かおかしなものを拾って食べて、とうとう頭がおかしくなったのかと思ったわ」
「そ、そんなことはしません」
とうとう、と言う言葉から察する私へのイメージに少々侘しい気持ちになりつつ、理解してもらったことにほっとした私は、ついつい気分が少し軽やかになってしまった。
人と楽しむイベントというものに触れるのが、物心ついてから初めてで。
ほんの少しだけ打ち解けた(かもしれない)と思っているヴァイオレットさまがいたことで、少し調子に乗ってしまったのだと思う。
(きっと仮装をするなんて、最初で最後だろうし……)
「ヴァイオレットさま」
私はそう名前を呼んで、愚かにも。
「お菓子をくれなきゃ、いたずらしますよ! ……ふふ、なんちゃ、って……え?」
世界で一番冗談を言ってはいけない相手にそう言い放ってしまった。
◇
「うっ、す、すみません……もう二度としません。こういう文化に今まで一度も触れたことがなかったので、ついはしゃぎすぎてしまいましたあ……」
最近気づいたのだけれど、ヴァイオレットさまは人をいたぶる時が何よりも楽しそうだ。
趣味なのかもしれないその機会を逃すわけもなく、たっぷりと口撃された私は深く平伏しながらそう言った。
「これに懲りたら、不用意な発言はやめることね」
「はい、肝に銘じます……」
どうせすぐに失言する、とでも言いたげに鼻で笑うヴァイオレットさまに、今度こそは本当に気をつけよう、と涙を呑む。
するとそんな私の目の前に、ヴァイオレットさまが宝石のように美しいお菓子を、そっと差し出した。
「はい」
「?」
意図がわからず首を傾げる私に、ヴァイオレットさまがどこか邪悪さの漂う微笑みを浮かべる。
「さっきヨハネスの部屋から持ってきたものだけれど。……やってみたかったのでしょう?」
「……!」
思わず目を見開いて、ヴァイオレットさまとお菓子を凝視する。
そう。ヴァイオレットさまには、こういう優しいところがあるのだ。
「ありがとうございます、ヴァイオレットさま……!」
「いいのよ。たくさん食べなさい」
初めてみる慈悲深い言葉に何度もお礼を言いつつ、手を伸ばす。
すると。
「――食べられるものならね」
そんな言葉と共に、美しいお菓子が私の指をすり抜けて、ぴょいんと宙を舞う。
「……!?」
「ほらほら、早く食べなさい」
そう言いながらヴァイオレットさまが、今日一番楽しそうな笑みを見せた。
「この私を脅迫してまで欲しがったお菓子でしょう?……それほど欲しいものが簡単に手に入るほど、世の中って甘くはないわよね?」
仮装もしていないのに、なんだか魔王に見える。
「くっ、うっ、もうちょっと……ああっ……!」
諦めるとも言い出せず、何度もぴょんぴょんと飛び跳ねて、指先からスレスレのところで逃げるお菓子を掴もうとするわたしと、それを愉しそうに眺めるヴァイオレットさま。
その地獄のハロウィンは、やってきたクロードさまに止められるまで続いたのだった。
久しぶりに二人を書けて楽しかったです!
次章も用意を進めておりますので、更新再開した際はまたよろしくお願いします。
書籍&コミック、書き下ろしや加筆やSSを楽しくたくさん書きました!
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