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エピローグ

 


 その会議が、終わった直後。


(――ふうん。結婚、ね)


 とうとう、国王が王妃を選定する。

 その噂を耳にしたヴァイオレットは、自室で優雅に紅茶を飲みながら唇の端を吊り上げた。


 父が帰ってきたら、その内容を聞かねばならない。

 あの男がこのタイミングで王妃候補を選定するだなどと言い出したのならば、きっとあの会議で、何かしら避けたいことが発生したのだろう。


(あれは未だに百合を見てはため息をつく、哀れで情けない男ですもの)


 あの男は結婚に夢を見ている節がある。


 思春期に『僕は愛し愛される女性と結婚して幸せな家庭を……』という内容の詩をしたためていたのを見た時は、頭がおかしくなったのかとつい鳥肌がたったものだ。

 愛し愛される女性と結婚などと、女の趣味が悪いくせに高望みにも程がある。


(まあ、あの趣味の悪いヨハネスに恋愛結婚だなんて無理だもの。どうせまた地に跪いて嘆くのが関の山。王家にとって利用価値のある女性を妻にし、地盤を固めた方が良いでしょうね)


 とはいえ。王妃となる女性が、王家にとって不利益となる女性だったら面倒だ。


(……それに)


 自身の右腕に付けた、腕輪に目を落とす。

 母の形見であるこれは、遠い昔に伯父が贈ったものなのだそうだ。


「…………」


 もう一度、紅茶を飲む。


 ヴァイオレットには、生涯恥じていくだろうことが二つある。


 伯父が巧妙に隠していた激情に、ただの一度も気づかなかったこと。

 そして母の死を巡る一連の事件で、感情に飲み込まれ、本質を見失ってしまったこと。


 だからもう二度と、ヴァイオレットは失敗しない。

 来たるべき日に、処刑台に花を咲かせるその日まで。


「さて、行きましょうか」


 カップを置き、席を立つ。

 地に蒔かれて芽吹こうとしている種を、踏み躙るまであと少し。



 ◇



 月に一度、錬金術師であるフレデリック・フォスターは、アーバスノット侯爵邸へと訪れる。


(――初めて使いに出た時からずっと、侯爵は王都から離れた別邸に住んでいたが)


 しかし最近では、王都にあるこの本邸に戻ってきている。

 おかげで随分と、通うのに楽になった。馬車は苦手だし、フレデリックは方向音痴だ。月に一度の遠方への旅は、なかなか堪えるものがある。


 魔術師だったら転移魔術を使えるのに、とフレデリックはうっすらと思う。そんなことを言えばフレデリックの義父は非常に怒るだろうが、実際のところ羨ましいものは羨ましいのだった。

 そんなことを考えながら、フレデリックが通された応接室でアーバスノット侯爵を待っていると。


「――失礼。待たせた」


 アーバスノット侯爵が、小脇に何やら論文のような紙の束と、手紙を持って入ってきた。


(珍しいことだな)


 アーバスノット侯爵邸に赴いた時、待たされることはある。アーバスノットの血を引く者は製薬中、皆時間を忘れるほどの高い集中力を持つのだった。

 しかし今回アーバスノット侯爵は、どうやら何か読み物をしていたようだ。

 彼の心をそこまで掴む読み物は珍しい――と思いかけ、ふとつい先日、花祭りで活躍した二人の少女のことを思い出す。


「粗茶だ」

「ありがとうございます」


 侯爵自ら手際よく淹れた紅茶が差し出され、フレデリックはそれを恭しく受け取りながら、口を開いた。


「あなたのご令孫が、また手柄を立てたようですね」


 フレデリックの言葉に、侯爵は返事もせず、じろりとフレデリックを睨んだ。


「さすがは比類なき才を持つアーバスノットだと、話題になっているようですよ」


 フレデリックの言葉に、侯爵は微かに眉を寄せた。

 調薬に魅せられ、才に恵まれたアーバスノット。

 彼がその血を呪い

 のようだと思っていることは、フレデリックにはよくわかる。


「彼女は非常に面白いですよ。常に凶星に囲まれている」

「興味がない」

「はは」


 侯爵が淹れた茶を飲む。

 ほのかに甘みのあるこの茶は、かつて侯爵の妻が彼のために淹れていたという、秘伝のハーブティーなのだそうだ。

 遺すべき形見を間違えた哀れな男を眺めながら、フレデリックは小さく呟いた。


「……気を付けてと言ったのに。彼女はおそらく、まだ自分の危機に気付いてはいない」 


 木漏れ日のように柔らかに輝くあの星は、自分にかかる雲の陰に当分気付けないだろう。


「……ただ、彼女は良くも悪くも悪運が強そうだ。心配なのは、もう一人のご令嬢の方ですね」

「興味はない」

「今度は本当に興味がなさそうですね」


 軽口を叩くと、またもやじろりとした視線が向けられる。

 その視線に苦笑しつつ、フレデリックはその星のことを思い出す。


(ヴァイオレット・エルフォード)


 あれは輝くばかりの星だった。


 ソフィア・オルコットの輝きが木漏れ日だとするならば、彼女の星は燃え尽きる瞬間のろうそくの炎のようにも、この世のどこかで生息するという不死鳥の炎のようにも、どちらにも見えるのだ。


 その未来を口には出さず、フレデリックは何も言わずにお茶を飲む侯爵を見る。

 ――二度と人を診ないと決めながらも、薬を作り続ける男。

 アーバスノットが生み出す()()奇跡の薬は、その血に善良さが溶け込んでいるからなのだろうと、フレデリックは思っている。


「――……相変わらず、このお茶はとても優しい味がします」


 浮かんだ言葉を飲み込んで、フレデリックは穏やかに微笑んだ。





これで二章は完結です。ここまでお読みいただきましてありがとうございます。


次章は王妃選定・ヴァイオレットの目的判明回です。

圧倒的強者のヴァイオレットが、大貴族に囲まれて(傅かせて)(手玉にとって)いる姿を書いて見たいなあ〜と思っていたので、今から書くのが楽しみです。

準備に少しお時間をいただきますが、更新の際はまたお付き合いいただけると嬉しいです!

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