弔いとお人好し
「うーん、良い天気」
気付けば最終日となった六日目の今日は、晩春と言うより初夏といった暖かさだ。
私は意気揚々と中庭に出て、野草の採取を楽しんでいた。
春の終わりの気候の中。ぐんぐんと背を伸ばす野草たちには、瑞々しい活力がみなぎっている。
踏まれても抜かれてもまた生えてくる、このたくましい生命力。
薬師としてはぜひあやかりたいものだと手を合わせながら、この贅沢取り放題を楽しんでいると、急に影がかかった。
驚いて振り向くと、そこには驚いた顔をした、リアムさんが立っていた。
「あっ、リアムさんでしたか」
ほうっと胸を撫でおろす。
なんせつい五日ほど前に誘拐されたばかりなので、影に対しては少々敏感な気持ちになっている。
そんな私になんとも言えない微妙な目を向けるリアムさんの手には二輪のお花があり、私は首を傾げた。
お花屋さんで買ってきただろうお花をお庭に持ってきて、何をするのだろう?
そこまで思ったところで思いつき、手のひらをポン、と叩く。
「もしかして、リアムさんは園芸に興味が?」
「え?」
「お花をお庭に持ってきているので、植えるのかと……」
挿し木といって、お花を地面に地に差し、株を増やす園芸方法がある。
しかし……と私は切り花に目を向けながら、眉を下げて口を開いた。
「もしもそうでしたら、残念ながらそれは枝でないとだめでして、切り花に関してはお薬にするか食べるかといった方法が良いかと……」
「違います」
私の話をにべもなく一蹴し、リアムさんはもう一度「興味がありません」と念押しをした。
「あっ、そうですか、それは失礼しました……」
お恥ずかしい……と頬を掻く私に、リアムさんが何とも言えないような顔をする。
そして少し躊躇いを見せたあと、何かを決意したような表情のリアムさんが、「そこに」と中庭の端を指差した。
見上げるほど育ったミモザの木が生えているそこに目を向けると、リアムさんが静かに口を開いた。
「僕の両親の墓があります」
「え……」
見るとその木の根元には、私の顔くらいの大きさの石が二つ、置かれている。
「粗末でしょう? 俺たちにはこれしかできなかった」
そしてリアムさんはその石の前まで進んで花を置くと、振り返って少し笑い、「でも、これで良いと思っています」と言った。
「葬儀なんてものは遺された人間のためにあるものだ。弔いにいくら手を尽くしても、亡くなった人には届きません。大事なのは生きている時に救うことだと、だから僕は、ルーナのために何でもしました。本当に……何でも」
そう噛み締めるように言った後、リアムさんが私に深く頭を下げた。
予想外のことにびっくりして、「えっ」と頭が真っ白になる。
「リ、リアムさんっ⁉ ど、どどうしました……」
「ありがとうございます。あなたは、ルーナを救ってくれた」
「あ……」
「僕はあなたを騙したのに。あなたはいつでも僕を救おうとしてくれて……救ってくれた」
何度もありがとうと言うリアムさんの足元に、ぽつぽつと、水滴が降る。
頭を下げたまま、手で目を拭ったリアムさんが顔を上げ、私をまっすぐに見つめた。
「ありがとうございます。僕は――……二度とあなたに害なすことはしないと、誓います」
「……ありがとうございます」
気持ちが温かくなって、思わず勝手に頬がゆるむ。
「私も手を合わせて、いいですか」
「……お願いします」
リアムさんとルーナちゃんのご両親のお墓に手を合わせて。
私はどうか病気を治せますようにと、そう強くお願いをした。
◇◇
ここで過ごす最後の、最後の夜。
「お前は本当にお人好しね」
自室で摘んだばかりの薬草でお薬を作っていた私に、ヴァイオレットさまがそう言った。
薬草のすり鉢を擂る手を止めて、その言葉に首を傾げる。
「お人好し、ですか?」
「ええ。ここに来た時から、ずっと思っていたのだけれど。お前は筋金入りのお人好しだわ」
私が淹れた紅茶を飲みながら、ヴァイオレットさまが言う。
「通りすがりに倒れただけの怪我人を助け、それが実は自分を攫う誘拐犯――そう発覚したあとも手当をし、未知の病に侵された娘のために治療をし、そして貧民街の救済なんてものを提唱して」
一体いつ寝ているの、と呆れるヴァイオレットさまに、「う……」と肩を縮こめる。
「お前はここに来た最初の日も、明け方まで何か怪しげな薬を作っていたでしょう?」
「あ、怪しげでは……明け方でもないですし……」
ごにょごにょと弁解する。明け方に限りなく近かったけれど、あれはまだ夜だった。
それに明け方近くまで薬を作っていたのはここに来た当日だけだ。
この体はヴァイオレットさまのお体なので、お体に差し障りがあってはいけない。そのため睡眠時間は一日五時間をキープしている。
ただ起きている間中、大体薬を作っているというだけなのだ。
「大体あの娘の手は治ってきているのでしょう? もう作る必要などないでしょうに」
「いえいえ! まだお薬は飲まなければなりません。それに病状の経過に合わせて処方は変えていきたいですし、私たちは明日ここを去りますので、お薬のストックやハーブティーも、念のためひと月分は置いておけるようにしておきたかったですし……」
とはいえストック自体はもう作り終えているので、今作っているのはストックのストックだったりするのだけれど。
私がそう言うと、ヴァイオレットさまが大きくため息を吐いた。
「ただの変人ではないの」
「そ、そんなことはないと思うのですけれど……」
身一つで刃物を持っている男性陣を裸に剥いて傅かせ、一晩でカジノの女帝に昇りつめてしまうような方に変人と言われてしまうと、なんだか微妙な気持ちになる。
私が少し不服そうにしていると「お前が変人でなくてなんだというの」と、ヴァイオレットさまが呆れ果てた顔を私に向けた。
「お前、あのリアムという少年が自身に傷をつけたことを、一目でわかっていたのでしょう?」