花の女王
「一攫千金!」
「一攫千金!」
「一夜大臣!」
「一夜大臣!」
「濡れ手に粟!」
「濡れ手にあーわ!」
カーターさんが指揮を執る、清々しいほどに金欲に溢れた掛け声が窓の外から聞こえてくる。
そんな声をあげながら貧民街の方々が集まって作っているのは、私が考案した髪染め剤だ。
おりしも今は、花祭り。
手軽に綺麗に髪を染められる髪染め剤は、需要が非常に高いらしい。
とはいえ悲しいことに、貧民街の方々は差別の対象になっている。そのため急に売り出しても買ってくれる人は少ないだろうと、ヴァイオレットさまは売り方を工夫した。
まず、口が上手い方。それから綺麗な顔立ちをした方を中心に身なりをぱりっと整えさせ、街の広場で実演販売を行った。
それが効果てきめんで、用意していた商品は瞬く間にすべて売れて多くの注文が入っているという。
そのため今こうしてカーターさん達は貧民街中の人々を集めて、大量生産に励んでいる。
ちなみにヴァイオレットさまの「髪染め液を作るには、清潔が何より大切」と吹聴してくれたおかげで、皆極力清潔を保つように心がけてくれるようになった。
このまましばらく続ければ、きっと風邪を含めた感染症の類はぐっと減るようになるだろう。
「みんな、ヴァイオレットさまの考えたお薬で幸せになっているのね。すごい!」
「い、いえ……あれはソフィアさまがいなければ、けしてお金にはなりませんでした」
私がそう言うと、ルーナちゃんは納得したように「確かにヴァイオレットさまは、お金儲けが苦手そうだものね」と言った。見抜かれていて、面目がない。
そんな私を「でも私はそんなヴァイオレットさまが好きよ」と慰めつつ、ルーナちゃんが小首を傾げた。
「それにしても、ソフィア様は、花祭りが終わってもお金を稼げるように、貴族向けに売り込むのでしょう? 貧民街の人が作ったものが貴族の人に、本当に使ってもらえるのかしら」
「きっと使ってもらえますよ。間違いなく売れるだろう、と仰っていました」
むしろ髪染め剤を見た瞬間に、貴族向けの商品だと感じたらしい。
おしゃれに敏感な貴族令嬢なら食いつくはずだし、仮面舞踏会などでも重宝しそう、とのことだ。
仮面舞踏会って、都市伝説じゃなかったんだ。そこで衝撃を受けている私には、とても思いつかない商売戦術だ。
そんなことを考えていた私の袖を、心細そうな顔のルーナちゃんが、くい、と引っ張る。
「花祭りが終わったら、ヴァイオレットさまは帰ってしまうの?」
「そうですねえ……だけど、帰ってもまた遊びにきますよ!」
そう言った瞬間にハッとする。花祭りが終わったら、私は元の体に戻るのだった。
「ええと……あの、見た目は少々変わるかもしれませんが……」
ごにょごにょと言う。
誰が何を聞いているかわからない今、『入れ替わっています』とお伝えすることはできない。
「そうなの? でも私、どんな見た目でもヴァイオレットさまが大好きよ!」
「ルーナちゃん……!」
じーん……と心から感動する。
大公の事件のあと、入れ替わりの魔術のことを公表しても結局誰も信じなかったという悲しい結果を思い出す。
どうか花祭りの後、今貧民街に君臨しているカジノの女帝ソフィアが来ても、ルーナちゃんが私だと信じてくれますように……。
私がそう祈っていると、ルーナちゃんがどこか羨ましそうに「花祭り行きたいなあ」と遠い目をした。
「お父さんとお母さんが生きていた頃は、私も病気じゃなかったからみんなで花祭りに行ったの」
リアムさんとルーナちゃんのご両親は、ルーナちゃんが病気になる直前に事故で亡くなったらしい。
目を伏せて、少し寂し気に微笑んでいたルーナちゃんが、私を見上げてぽつりと呟いた。
「ヴァイオレットさま……私、治るかな?」
そう不安そうに見上げるルーナちゃんに、私は少し考えて慎重に答えた。
「……薬師は、絶対という言葉は使っていけないのですが」
そう言いながら、ルーナちゃんの顔を見る。
「ルーナちゃんの病気が治せるよう、絶対に頑張ります」
私がそう言うと、ルーナちゃんは目を見開き「うん!」と、嬉しそうに頷いた。
「じゃあ私、来年こそは花祭りに出掛けるの」
「いいですね。屋台も露店も、たくさんありますもんね! 私のおすすめは、綿菓子という名前のふわふわのお菓子で……」
「うーん……それもいいんだけれど……」
なんとなく残念そうな生き物を見る目を私に向けながら、「女の子が憧れるのは花の女王様でしょう?」と目を輝かせた。
「私、いつか花の女王様になりたいの! 花の女王様の冠は紫色のお花でできているから、髪の毛は紫色に染めて、ドレスもお揃いの色にして!」
「それは確かに、ルーナちゃんによく似合いそうです」
「でしょう? 病気が治ったら、カーターお兄ちゃんにかわいいドレスを買ってもらうんだ」
そう言いながらルーナちゃんが楽しそうに「来年も陛下、来てくれるかしら?」と言った。
「大司教様に冠を乗せてもらうのもいいけれど、でも国王陛下に乗せてもらえたら嬉しいな! だってこの国の王太子様はとってもとっても恰好いいって、聞いたことがあったんだもの」
「ああ……確かに陛下は、綺麗なお顔立ちをしていらっしゃいました」
「わあ、やっぱり!」
とはいえ私にとってヨハネス陛下は格好いい方というよりは、なんというか優しい方、というイメージが強い。
おそらくこれはヴァイオレットさまと言い合い――と言うよりは、言いくるめられている姿を見ているせいだろう。
とても似たお顔立ちの二人なので、なんというか格好いい、という言葉はヴァイオレットさまの方がしっくりとくるかもしれない。
まあ、ヴァイオレットさまの場合は格好いいよりも先にちょっと怖い、が来るのだけれど……。
生温い気持ちでそんなことを考えていると、不意に後ろから涼やかな声が響いた。
「嫌だわ」
驚いて振り向くと、そこにいたのはヴァイオレットさまだった。
「あの節穴にそんな幻想を抱いていたら、実際に会った時幻滅してしまってよ」
「お茶にしましょう! 皆様ハーブティーでよろしいですか⁉」
大声という力業で話を逸らす。
私の体で不敬発言をするのは切実に止めていただきたいと冷や汗をかきながら、私はヴァイオレットさまの座る椅子を大急ぎで用意し、「どうぞ!」と手のひらを椅子に向けた。
優雅な動きで歩を進めたヴァイオレットさまが椅子に腰かけ、ルーナちゃんに視線を向ける。
「ごきげんよう。こうして話すのは、初めてね」
「こ、こんにちは……」
恥ずかしいのか、ルーナちゃんがもじもじとしている。
私にとっては可愛らしくてたまらない仕草だ、
しかしヴァイオレットさまの『嘆かわしい』が発動されるのではないかとハラハラする。
ヴァイオレットさまが以前、『子どもには少し甘くなってしまうのよね』と言いつつ、私の異母妹であるジュリアに刺繍を三百枚施させたことは記憶に新しい。
そう思いながらお茶を手早く丁寧に淹れ、二人に気を配っていたのだけれど。
病人だからか、それとも貴族ではないからか、はたまた自分に無礼を働いてはいないからか。ヴァイオレットさまはルーナちゃんには何も言わなかった。
意外だなあと心の底から思いつつ、私は淹れたばかりのお茶をそっと二人に差し出す。
「どうぞ、お茶です」
「わあ、今日も良い匂い!」
ルーナちゃんが両手を握り締め、うきうきといった様子でお茶を飲んだ。
今お出ししたこのお茶は、お母さま直伝のハーブティーだ。
心を癒す効能や、リラックス効果がたくさん含まれたそのお茶を、私は密かに『心が優しくなる薬』と呼んでいる。
飲むと心がほぐれるので、ヴァイオレットさまには積極的にお出ししていきたいところだ。
「実は私ね、お薬を飲むよりも、このお茶を飲んだ時の方が腕が治る気がするの。……優しい気持ちがするからかしら」
「東の国には、『病は気から』という言葉がありますが、実際にそうなのかもしれませんね。気持ちはとても大事ですので……いつでも飲めるよう、たくさんたくさん用意しておきますね」
「やったあ!」
そう笑うルーナちゃんに、なんだか心がほっこりと温かくなる。
ストレスは万病の元。少しでも気分が上がるのであれば、何よりだ。
そんな私とルーナちゃんのお喋りを、ヴァイオレットさまが何かを観察するように、じっと見ていた。
コミックシーモアさまにて投獄悪女のコミカライズ3話が先行配信されました。お試し読みの1ページ目で子ども時代のヴァイオレットとクロード、それからまんまる体型のクロードパパが少しだけ見れますので、ぜひちらっとでも覗いてみてください!かわいいです(クロパパが特に)
1,2話は現在TOブックスさまの漫画サイト、コロナEXさまで登録不要・無料でお読みいただけます。ぜひぜひご覧ください!