二日目・午後
「いかがでしょうか」
亜麻色に染めた髪が見えるよう、手櫛で髪をふわりとはらう。
「この亜麻色の髪なら、私を『ヴァイオレット・エルフォード』だと思う方は、誰もいないと思います」
「――そうね」
私の言葉に、ヴァイオレットさまが静かな表情で頷いた。
「確かに今のお前は、色々な意味で『ヴァイオレット・エルフォード』には見えないわ」
「そうですよね!」
満面の笑みでこくこくこくと何度も頷くと、ヴァイオレットさまがやや鼻白んだ顔をした。
「すごい。普通の染め粉と違って、これはとても自然ですね」
ヴァイオレットさまに淹れたての紅茶を差し出したカーターさんが、感嘆の声をあげた。
「普通の髪染め剤は固まったりごわごわとしたり、いかにも『染めました』って感じの質感になるんですが――これは、まるで生まれた時からこの色だったみたいだ」
「そうなんです。とにかく自然な地毛に近づけるよう、さらさらとした手触りを保てるように調合に工夫をしました」
こだわりポイントを見抜いてもらい、つい得意気に胸を張る。
「しかもこの染め剤の良いところは、他の染め剤と違ってただ濡らしただけでは色は落ちません。しかし……こちらのお薬をお湯に溶いたもので洗うだけで、すぐに色が落ちるのです」
「今の花祭りの季節にぴったりですね! 高く売れそうだな……」
目利きの商人のような目をするカーターさんに、私は「ある程度色々な色も作れますよ」と言った。
「手間はかかりますが、材料自体はありふれたものです。後でレシピを差し上げ……」
「それでお前は」
私の言葉を遮って、ヴァイオレットさまがやや呆れた声を出した。
「髪を染めて変装をし、まさか薬屋にでも行きたいと言うのかしら?」
「そ、その通りです……」
何も言ってない内から行先まで当てられ、驚きに動揺しつつ頷いた。
本来ここにいてはいけないヴァイオレットさまである私が、どうしても外に行きたいと思ったのには理由がある。
今朝お薬をいただいた私は、まずはそのお薬を徹底的に解析することにした。
ルーナさんやリアムさんのためにも、せめて同じ、もしくは似たような効能のお薬が作れないかと考えたからだ。
そのため、まずはどのような材料や配合でできているのかを徹底的に調べあげた。どうやらこのお薬は傷ついた肌や筋肉を修復したり、体内の毒素を排出する効果があるようだ。
そうしてとことん調べたあとに――あまりにも美しい調合に、思わずため息がでた。
そのお薬は思わずため息が出てしまうほど、それぞれの薬効を最大限に引き立たせる完璧な――そして何故か、どこか懐かしい癖を感じさせるような調合だった。
調合には薬師の癖が出るものだ。
これほどのお薬を作る方ならば、きっとさぞかし名のある方に違いない。
おそらく以前論文や本で目にしたことのある高名な薬師の方が作ったのだろうと思いつつ、材料を洗い出した。
その結果、幸いなことに。
このお薬は比較的手に入りやすい材料で作られていることが分かったのだけれど。
「この薬にはリネという植物を乾燥させたものが必要になるのですが……こちらは非常に目利きの難しい材料でして。その葉の部位はもちろん、僅かな色の濃さ、採取した時期、干した日数でも効能が大きく変わってきます。そして熟練の薬師でも質の悪いものを掴むこともあるという大変薬師泣かせの……あ、いえ、勿論ソフィア様はご存知だとは思いますが……」
カーターさんに不自然に思われないよう誤魔化しつつ、私はヴァイオレットさまに説明をした。
「他の材料の調達はともかく、こちらの材料に関しては自分の目で選びたく……」
ヴァイオレットさまが、何かを考えこんでいる。納得していただけるかしら、と内心不安に思いつつ、そうお願いをすると。
「いいわよ」
予想外にあっさりと、ヴァイオレットさまが頷いた。
「いいんですか⁉」
「ええ」
「ありがとうございます!」
まさか快諾していただけるとは思わず、感激してお礼を言う。
「必ずや無事で帰ってきます! ――あ、どなたかと一緒に行った方が良いですか?」
「私が行くわ」
「え?」
「薬屋に行くのでしょう? ならば薬師の私が、共に行った方が良いではないの」