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治療の対価

 


「ヴァイオレット様」


 どことなく物足りない朝食を終えて食堂から出ると、そう後ろから声をかけられた。


「リアムさん」


 振り向くと、そこにいたのはものすごく気まずそうな顔をしているリアムさんだ。あんなに近寄りたくなさそうだった私に一体何のご用事だろうと首を傾げかけて、私はハッと息を呑んだ。


「まっ、まさかルーナさんに、何か良くない変化がありましたか? もしくは何の変化もなかったとか……?」


「っ、いえ!」


 焦る私に、リアムさんが首を振る。


「……むしろ、とてもよく効きました。飲んで少し経ったあとから、痛みがすっかり消えて。……それどころか、手の調子まで少し良いような気がすると。いつも眠りが浅く苦しんでいたのに、今朝はまだぐっすりと寝ていて」


「まあ! 本当ですか⁉」


「……僕は、妹のことでは嘘を吐きません」


 恥じ入るように目を伏せたリアムさんが、すぐに苦し気な顔を上げて私の瞳をまっすぐに見た。


「…………こんなことを頼める義理ではないことは、わかっていますが。どうか妹を、治療していただけませんか。痛みを取るだけでも。……お金は、何があっても。一生をかけてでも、お支払いします」


「もちろんです!」


 リアムさんからの願ってもない申し出に、両の手のひらを叩いて力強く頷いた。


 昨日あれこれと考えていた治療薬を頭の中でぐるぐると巡らせつつ、私は何度も頷いた。


「あ、お金もいりません! 一週間泊めていただく宿代だと思っていただければ」


「……お金がいらない?」


 リアムさんが戸惑いと警戒の表情を見せる。


「……失礼ですが、それでは……あなたの得となるものがないではありませんか。いえ、確かに貴族であるあなたにとっては、私に出せる金額など、一生をかけても微々たるものではあるのでしょうが」


「あ、ええと……そうですね、お金はいらないとは申し上げたのですが、一つだけお願いがあります。あ、いえしかし! もちろんお二人が嫌だと仰るのなら、大丈夫なのですが」


「……なんでしょう」


 今までで一番の警戒心を見せたリアムさんに、私は「落ち着いてから、私を本当に信用してくださってからで良いのですが」と言った。


「こういった病気があるという論文を書きたいのです」


 私のお願いは、リアムさんにとって予想外の言葉であるようだった。


 小さく目を見張り、戸惑ったように眉を顰めている。


「……論文?」


「はい」


 頷きながら、私はリアムさんの目をまっすぐに見て口を開いた。


「ルーナちゃんの病気はとても珍しいものです。少なくとも私は、聞いたことがありません。――未知の病で何が恐ろしいか。それは、情報がないことです」


「……」


 思うところがあるのだろう。


 リアムさんが黙って私の目を見つつ、目を伏せる。


「何が効くのか、何をすると悪化するのか。どういった経過を辿り、どう治っていくのか。世の中の、既に治療法が確立している病は様々なものがあります。原因や治療法がわかるもの、原因がわからずとも治療法はわかるものと、色々ありますが……治療法が広まっているのは、誰かが『こういった病があること、この治療法を試したところ治ったこと』を広めたからです」


「……治ることが、前提のような口ぶりなのですね」


 どことなく嘲るような響きを持つ言葉に一瞬考えて、私は「薬師には、絶対という言葉を信じてはならないのですが」慎重に口を開いた。


「けれど薬師は、必ず『絶対に治す』という気持ちを持って患者さまの治療をするものだと思います」


「……!」


 私の言葉に、リアムさんが小さく息を呑んだ。


「それに何よりも。病というものは基本的に、その病気や患者さまに合った治療法を探りながら、時間をかけて治すものです。ですので治療を進めつつ、論文を書いていくことの方が多いです。治療途中ならなおのこと、こういった病気があると発表をすれば。私だけではなく他の優秀な薬師がこういった病気があるのだ、と知るきっかけにもなります。私では思いつかないような治療法を考えついて、ルーナちゃんの病気が治ることが、あるかもしれません」


 とはいえ、とても珍しい病気だ。


 他の薬師の先生方が興味を持ったら、まずは実際に目でその病を確認したいと思うだろう。


 珍しい病気にかかった人の中には、人に知られたくないという思いを抱える人も珍しくはない。


 そう思いつつ、私は「とはいえ」と笑顔を向けた。


「病気はとても繊細な問題ですし、リアムさんやルーナさんが少しでもお嫌であれば、無理にとは言いません。それに今私は誘拐された方の……付き人? ですから、まずは治療をさせていただきますね。一段落ついて、もしもやってもいいなと思った時は、お声がけいただければ」


 そう言いながら、私は「さて」と胸の前で両手を叩いた。


「リアムさんは、まだ朝ご飯は召し上がってないのですよね」

「え、ええ……」


 戸惑いながら、リアムさんが頷く。そんなリアムさんにできるだけ安心してもらえるように微笑みつつ、私は「診察はお食事の後に」と言った。


「昨日聞けなかったことも色々聞かせていただきますので、しっかり食べて体力をつけてくださいね。その間に、私は診察の準備をしてきますので!」


 私がそう言うと。リアムさんは戸惑ったような複雑そうな顔をして、「ありがとうございます」と小さな声で頷いた。



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