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カジノの女帝

 


 翌朝。


「ううん……そろそろ、朝かしら……あれ?」

 ぬくぬくのベッドの中。

 朝日を浴びて目覚めた私は、見慣れないお部屋に一瞬驚き――昨日のことを思い出して、ふう、と息を吐いた。


 そうだ。今の私は、絶賛誘拐され中なのだった。

 とはいえ入れ替わっていることや、(ヴァイオレットさま)が脅し返してしまっていることなどを考えると、誘拐されていると言えるのかは微妙なところなのだけれど。


 ――ヴァイオレットさまは、どうしているかしら。

 若干遠い目をしながらも、昨日、私がルーナちゃんにお薬を差し上げたあとのことを思い出す。


 常日頃から超一流のものに囲まれて暮らしてきたヴァイオレットさまは、どうやらカーターさんが用意したお部屋がお気に召さないご様子だった。


 しかし、超一流のものを手に入れるためにはお金が必要だ。カーターさん達にそんなお金があったのなら、今私たちはここにはいない。

 それに身一つで出てこられたヴァイオレットさまにも、一流のものを揃えるお金はないご様子だった。


 ちなみに私も少し悩みつつ、持ってきていた全財産を、半裸で叱られているカーターさんの心が救われるのなら……と差し出したのだけれど、「子どものお小遣いでは椅子一つ買えないではないの」と鼻で笑われ、受け取ってはもらえなかった。


「人生はね、どうしても手に入れると決めたものは、必ず手に入るようにできているのよ」


 些か傷ついている私を気に留めず、ヴァイオレットさまがそんな無茶な論でカーターさんを責め立てている。

 けれど人生には時として、諦めなければならない時もあるのではないかしら……と私が思い、そう進言しようとした時。


「仕方ないわね」


 そう小さくため息を吐いたヴァイオレットさまは、ようやくカーターさんに服を着ることを許し、その他複数人を連れて出かけてしまった。


 正直に言って、とても不安な気持ちになった。今でもだ。もう何をしでかすのか、まったく見当もつかない。


 その後私は厨房をお借りしてお薬作りに没頭し、気付いた時には皆が寝静まっている時間になってしまっていたので、一体どうなったのかはわからない。


 …………とりあえず、食堂に向かおう。


 まずは朝ごはんを食べて衝撃に備えようと、もそもそとベッドから降りる。

 何をなさったのかは、まったく見当もつかないけれど。

 きっと間違いなく、私の体では止めていただきたいことのオンパレードをこれでもかとやり尽くしただろうヴァイオレットさまのお話を聞くには、体力が必要だ。


 まあ、もうどんなことが起きても、あまり動じないだろうなあ……。


 諦めの境地に立ちつつ、身支度を整えて食堂に向かう。

 まずは腹ごなしをしなければと、私が食堂に足を踏み入れた、その時。


「おはようございます‼」

「………⁉」


 号令のような朝の挨拶をしてくれた男性陣――真新しい服に身を包んでいる――が、壁の両脇に立って背筋をぴしっと伸ばして、私に深くお辞儀をした。


 その挨拶に答えることもできず、私はただただ目の前の光景に仰天する。

 号令だけなら、ちょっと驚きはするものの、度肝を抜かれるほどではない。

 昨日一人で夕食を食べたこの食堂が、異次元に迷い込んだのだろうかと言うほどに変わっていたのだった。


「あら、おはよう」


 そう優雅に微笑むヴァイオレットさまが手に持つティーカップは、『職人が丹精込めて作りました』と言いたげな、贅を尽くした絵付けが施されている。

 少し手を乗せるとぐらぐらと揺れていた素朴なダイニングテーブルは、なんだか黒光りする一枚板の、高価そうなテーブルに変わっていた。


 そして極めつけにはテーブルの上には、オルコット伯爵邸で一度だけ見たような豪華な朝食だ。いつか革命を起こされる国王の食事リターンズにしばし固まりながら、私ははくはくと唇を震わせた。


「こっ……こっ、ここっ、これはっ……⁉」

「既製品だけれど、これでも少しはマシでしょう?」


 あそこで買うことを条件に少し妥協したの、というヴァイオレットさまが口に出したお店の名前は、そういったことに疎い私でさえも知っている、超のつく高級店だった。


 昨日の今日でこんなものを揃えられる、そんな方法は。

 現実的に考えて、強盗しか考えられない。


 元に戻った時投獄される未来が見えて、血の気が引いた私にヴァイオレットさまが「お前は本当に愚かね」と肩を竦めた。


「必要なお金なんて、お金の集まる場所に行けば勝手に集まってくるものでしょう?」

「……?」


 どうやったらお金が勝手に集まってくるのだろう……?

 釣り糸に磁石を垂らして金貨を釣り上げる想像をしつつ、しかしそれって結局強盗なのではと私が悩んでいると、見かねたカーターさんが「カジノです」と言った。


「カジノ?」

「ご存知ありませんでしたか」


 始めて聞く言葉に首を傾げると、カーターさんが少し意外そうに眉を上げた。


「お金を賭けて、色々なゲームをする場です。負けた者は勝った者にあらかじめ決めていた金額を渡すのですが……」


 そう説明を始めたカーターさんの目が途端に熱を帯び、興奮気味に昨日の様子を教えてくれた。

 なんでも昨日ヴァイオレットさまが訪れたのは、国内外から強者が集まるという有名なカジノだったらしい。


 誰でも受け入れる代わりに、負けた場合は容赦なく搾り取られる。

 取り立ては過酷の一言だそうで、腕に自信がある方だけが集まってくるのだそうだ。


 そんな中、私の姿をしたヴァイオレットさまが足を踏み入れたらどうなるのか。


『こんな貧相な小娘にゲームができるのかあ?』


 そう下卑た声で笑われ、『赤ちゃんはお家に帰って寝てな』とまで言われたらしい。

 そこまで聞いて震え上がった。知らないということは、本当に恐ろしい。


 しかしヴァイオレットさまは犯罪行為は行わず、軽口を叩いた方々に勝負を持ち掛け、勝利。

 負けが続いて呆然としているその方々を、いつものように口で煽りに煽っては更に勝負を仕掛けさせ、骨の髄までお金を毟り取ったのだという。


 一切の情のないその様子に、周りはドン引きの一途かと思いきや。その勝負を見ていた方が、次々にヴァイオレットさまに勝負を挑み、連戦連勝。


 その場にいたカジノ四天王と呼ばれる方々相手に次々と挑戦を仕掛けて大勝ちし、終いにはカジノのキングと呼ばれる方との勝負で有り金全部を賭けて勝利をし、前代未聞の金額を手にしたそうだ。

 その場はとんでもなく盛り上がり、カジノ史の歴史に残る夜だ女帝の爆誕だと割れんばかりの拍手と賞賛が、カジノ場のホールに響き渡ったらしい。


「あんなに容赦なく、鮮やかに荒稼ぎする人間を、俺は人生で初めて見ました!」


 何も言えずにただただ茫然としている私に、カーターさんが興奮冷めやらぬといった様子で何度も頷いた。


「対戦相手の心は砕いても、法は犯さない! まるで金さえも屈服し、降伏していく……そんな錯覚さえ抱きそうなほどの荒稼ぎっぷりに、俺は身一つでも犯罪を犯さずとも大金が手に入るのだと、大変な感銘を受けました。そして同時に、天啓も受けたのです」

「てててて、天啓……?」


 なんだか嫌な予感がしてそう呟くと、カーターさんが良い笑顔で頷きながら「その天啓が大当たりで」と、懐から色のついたガラス玉を取り出した。




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