ソフィアを頼む
「……では、クロードさま。ヴァイオレットさま。私は一旦下がらせていただきます」
床に落ちていた鞄や髪留めを拾ったあと、私は憂鬱な気持ちを振り切って頭を下げた。
ヴァイオレットさまに寝床が整ったのか確認を命じられたということもあるけれど、そもそもここに来た目的を遂げなければ、誘拐された甲斐がない。
そんな私にクロードさまが、大層心配そうな表情を見せる。
「ソフィア。くれぐれも、くれぐれも無理はしないように」
「はい! お気遣いありがとうございます。クロードさまも、お気をつけて」
私がそう言うとクロードさまは「気を付けるのは君の方だ」と、少し眉根を寄せ、腕利きの尋問官のような顔で静かに口を開いた。
「先ほどヴァイオレットが言った『自らのこのこと攫われにいった』という言葉に対しての説明は、この事件が解決した後、たっぷり聞かせてもらいたい」
「はい……」
まさか有り金を全部鞄の中に入れておき、強盗がきたらお金を払って見逃していただこうと思っていただなんて、絶対に言えそうにない。
この事件が終わる頃には忘れていてくれますように……と思いながら、私はもう一度お辞儀をして、足取り重くどこかにいるカーターさんを探しに向かったのだった。
◇
部屋を出て行くソフィアの後ろ姿を見送って、クロードはヴァイオレットに目を向けた。
青みがかった紫色の瞳が、クロードの視線を受け止める。
視線での攻防が続いたが、先に口を開いたのはクロードだった。
「――八年前のランネット子爵家の没落について、本当のことが知りたい」
微かに眉を顰めるヴァイオレットに、クロードは構わず続けた。
「ドレスの裾を踏んだだけの令嬢を修道院に送りつけ、生家を没落へと追い込む。昔の俺は、君ならやるだろうと思っていた。いや、実際やったのだと思っていた」
一瞬目を伏せ、「しかし、先入観を持たずに考えてみれば」と続ける。
「君は基本的に、受けた仕打ちは当人に返す。いくら失礼なことをされても、家族を巻き込むような仕打ちは――いや、『どういう育て方をしているんだ』から始まる罵声を浴びせたことや、仲裁に入った人間に腹を立てて夜会から追い出したことなどは俺の知っているだけで百数十回はあったが、しかし……当人以外に直接手出しすることは、一度もなかったように思う」
そこまで言ってクロードは、苦い気持ちで「俺は君を、少し誤解していた」と言った。
「そのことを、心から謝罪する。その上で八年前。あの時一体何があったのかを、教えてくれないか」
まっすぐヴァイオレットに目を向ける。
彼女は暫し何の感情もなくクロードの顔を見て、口元にだけ笑みを浮かべた。
「お前が、私に頭を下げる姿を見るなんて痛快ね」
そう言いながらゆっくりと目を細め、「嫌よ」とクロードの目を射抜く。
「私は、私の益になることしかしたくないの。お前とその友人とやらの確執に何の興味もないし、八年前の事件を感傷的に調べたとして、それがこの事件の解決の糸口になるとも思わないわ」
捕らえてしまえば終わりだというのに、わざわざ掘り起こすようなことでもない。
そう言うヴァイオレットを、クロードは冷静に観察をし――口を開いた。
「……その物言いだと、少なくとも裾を踏まれただけではなさそうだな。そして自身の益になることだけを求める君が、何故ここにいるのか非常に興味深い」
クロードの言葉に、ヴァイオレットが僅かに眉を顰める。
その姿に目を向けながら、「とりあえずは、その問題は保留としよう」と独り言ち、全力で走って乱れた服装を、軽く整えた。
「俺も戻る。陛下に急ぎ報告をしなければ」
「――……八年前の事件を調べ直す気なのでしょうけれど」
ヴァイオレットが皮肉気に、嫣然とした笑みを浮かべる。
「騎士団長様は随分余裕なのね。花祭り本番、全ての手柄が私に獲られることになるでしょうに」
ヴァイオレットの言葉に、クロードは口元にだけ笑みを浮かべた。
「――君だけに全てを任せきりにしないために調べるんだ。余裕はない」
そう言いながら背を向けて、足早に扉へと向かう。
ドアノブに手を伸ばした瞬間、一瞬だけ足を止め、振り向かないまま「ヴァイオレット」と名を呼んだ。
「ソフィアを、頼む」
ヴァイオレットの返事を待たず、クロードがそのまま出て行く。
一人部屋に残ったヴァイオレットは不快に顔を顰め、ため息を吐いた。
実際のところ現時点では友人枠でしかないくせに、まるで夫気取りではないか。
「あの男からの頼まれ事など、けして叶えたくないというのに」
これでは、あの男の希望を叶えることになるではないか。
やはりあの男は嫌いだと、ヴァイオレットは改めて思った。
前々回次かその次には……と言いましたが、まだまだ全然楽しい感じじゃなくてすみません(思ったよりも伸びていますどうして…)
次かその次には、ヴァイオレットとの楽しい同居生活が始まります。