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ヴァイオレットさまによるハッタリ講座

 


「まったく……少しは物を考えて喋ることね」


 涙ながらに滔々と反省の弁を述べ声が枯れた頃、クロードさまの必死の執り成しもあって無事に許しを得た私は、「ハイ……」と深く頷いた。


「大体、お前も貧民街のならず者に誘拐されたと一言でも吹聴されてご覧なさい。今後一生、令嬢として扱われることはないわよ。強欲悪女と呼ばれるだけでは飽き足らないの?」

「考えが足りず、大変面目ありません……」

「わかればいいのよ」


 二度と失言はするまいと、そう固く心に誓う。

 そんな私を冷ややかに一瞥しながら、ヴァイオレットさまが一瞬間を置いて口を開いた。


「――まあ、それはそれとして。今言ったような説明は抜きにしても、私はこの手紙を出せと命じた者の挑発に乗ってあげなければと思っているの」

「……しかし」

「クロード。相手がどんなに大それたことを考えていようと――いいえ、大それたことを考えているのならば尚のこと、早々に芽は摘み取っておいた方が楽ではなくて? それに、せっかくここまで丁寧にお膳立てをしてくれたのだから、特等席でその舞台を拝見して――ふふ、お礼に愉しい幕引きを、プレゼントして差し上げたいわ」


 にっこりと邪悪に笑いながら、ヴァイオレットさまがクロードさまに目を向けた。


「お前がヨハネスを心配していることはわかるわ。それから、この私のことも多少ね。だけど親愛なる騎士団長様は、この私が稀代の魔術師ということをお忘れかしら?」


 獰猛な肉食獣の眼差しを艶やかな笑みで彩り、ヴァイオレットさまがクロードさまを見据えた。


「わが身どころか、その場にいるすべての者を守ることなどわけがないわ。――私をこうして挑発するとどんなことになるのか、身をもって教えてあげなければ」


 心底楽しそうにそう言うヴァイオレットさまを見ながら、私は背筋がひんやりと冷たくなっていくのを感じたのだった。


 ◇


「――陛下には、今日のことは仔細漏らさずすべてを報告する。そのうえでどうなさるか、その判断は陛下がお決めになることだ」


 ヴァイオレットさまとの話し合いを終えた後、クロードさまが苦渋の決断と言った面持ちでそう言った。


「ええ。けれど結局ヨハネスも、私の意見に賛成するはずよ。あの男は自分の立場をよく知っているし――愚かにも、お前を信じているから」


 話し合いの結果。私とヴァイオレットさまは、花祭りまでの一週間、ここにいることになった。


 誘拐されているはずの私が寮に帰ることも、花祭りの日まで私が一人ここで過ごすのも、どちらも好ましくはないというのがヴァイオレットさまの見解だった。その通りだと思う。


 とはいえ私と入れ替わったままのヴァイオレットさまを、一人ここに残したくない。とても思い悩んだ末の、苦渋の大決断だった。

 ヴァイオレットさまはご自分の家にクロードさまを通してお手紙を渡すようだけれど、誘拐されている設定の私は誰にも連絡が取れない。

 きっと一週間の間、王宮薬師の面々にとても心配をかけてしまうだろう。心が痛い。


 それに何より……私とヴァイオレットさまは、今日から一週間寝食を共にするのだ。

 正直に言って、今から大変胃が痛い。


 ちなみに先ほど部屋の外で待機していたカーターさんを呼び出して、ヴァイオレットさまが「一週間ここにいるから泊まれるように部屋を整えろ」と命じたところ、彼はこの世の終わりだとでもいうような真っ青な顔をして、ふらふらと出て行ってしまった。大変お気の毒なことだと思う。


 先ほどまでは、あんなに雄々しかったのに……。肩を落とすカーターさんの背中を見送りながら、私はふと浮かんだ疑問を口にした。


「そういえばヴァイオレットさま、どうやってあの方たちを撃退なさったのですか……? 私と入れ替わった時、割と絶体絶命の状況だったような気がするのですが……」

「絶体絶命の状況?」

「絶体絶命は言い過ぎました」


 急に険しい顔をしたクロードさまに、慌てて首を振る。

 嘘は言っていない。きっとあの流れでは、最悪の展開でも丸坊主くらいですんだと思う。私の令嬢人生だけが、少々大ピンチを迎えていただけのことだった。

 胡乱気な目を向けるクロードさまから若干目を逸らす私に、ヴァイオレットさまが「簡単なことよ」と口を開いた。


「あの者たちはフォルタナ公国のナイフを持っていたの。だからそういうものを仕入れられる貴族にとって、お前たちは死罪が前提の捨て駒よ、と教えてあげたのよ。それで捕縛と引き換えに、従うよう命じたの」


 すごい。

 あの状況でナイフの産地を把握して、冷静に脅し返すとは。

 私が賞賛と恐れを交えた瞳でヴァイオレットさまを見ていると、クロードさまが訝しげな声を出した。


「フォルタナ公国のナイフは、貴族との繋がりがなくても持てるだろう?――確かに、高価な品ではあるが」

「それをあの者たちが知っていると? もしもたとえ知っていたとしても、宝石が希少だとかその彫刻は王室に献上されることを表すものだとか、特別なものと思わせる方法などいくらでもあるわ。嘘だろうが何だろうが、大切なのは言葉に説得力を持たせることよ」


 つまりハッタリ一つで、あの局面を切り抜けたということだろうか……?

 驚きに目を限界まで見開く私に、ヴァイオレットさまは妖艶に微笑んで、「覚えておきなさい」と言った。


「貴族とはどのような状況下に於いても、思い通りに場を切り抜けられるものなのよ」


 それは、貴族だからではないと思います。

 ついそんな心の声が口から出そうになり、不用意なことは口走らないと決めた私はなんとかその言葉を飲み込む。

 そして飲み込んだ瞬間に放たれた、爆弾発言に頭が真っ白になった。


「ああ、それから。お前の毒物に精通している悪女という噂を流して、お前の血にはそれは凄い猛毒が流れているとも教えてあげたわ」

「!?!?!?!?!?!?!?」

「この体を流れる血に触れたものは一瞬にして体が腐り果てて死ぬと、そう教えてやったの」

「なっ……ななっ……⁉」


 愕然とする。口をぱくぱくと開ける私に、ヴァイオレットさまが「とても良い護身術でしょう?」とにっこり笑った。


「そっ、それをっ、カーターさん方は信じてしまったのですか……⁉」


 いくらヴァイオレットさまのお話に飲まれてしまったとはいえ。さすがにそれはピュアだというか、人を簡単に信じてしまいすぎではないだろうか。

 一体どこの世界に、体を流れる血液が猛毒化している人間がいるというのだろう。

 そう思いながら私は先ほどどなたかが言った『毒使いよりマシだろ、人間じゃねえよ』という言葉を思い出していた。


「まっ、まさかヴァイオレットさま、魔術を……?」

「まさか。魔術は、魂と体が一致していないと使えないのよ」


 さらりとそう言うヴァイオレットさまに、では何をしたのかということは聞けなかった。

 わかっていることはただ一つ。

 私の噂が今日この時を経て、『人間じゃないレベルの毒使い』に進化したということだけだった。




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