女難決定
「女難の星かあ……」
完全に隠し事をしていそうだったヴァイオレットさまと、穏やかに私に危機を告げたフレデリック・フォスターさまの言葉とを思い出し、私は暗澹とした気持ちでとぼとぼと歩いていた。
一体、私に降りかかる災難はどんなものになるのだろう。後で教会に行って神頼みをしてこようと思いつつ、昨日クロードさまと出かけた街の中に到着する。
一応今日街に来ることは、ナンシーさんやノエルさんには伝えている。
クロードさまへのお返しの品を買いに行く、と言っていて、もちろんそれも目的の一つではあるのだけれど。最優先にしたい事柄は、他にあった。
持ってきた鞄をぎゅっと握り締めつつ、きょろきょろと街の中を見渡す。
広場には昨日食べた、もしくは食べたかった屋台があちこち目の前に並んでいて、良い香りが漂っている。
魅力的な誘惑に後ろ髪を引かれながらも、注意深く周りを観察しながら歩いていくうちに、目的の一つである武器屋さんの近くに来ていた。
ここにはクロードさまへのお礼として、プレゼントを買いにこようと思っていたのだ。
なんでも昨日、クロードさまとのお出かけ後ナンシーさんとノエルさんにお礼のお渡しがてら、お返しは何が良いのか相談したところ、剣の飾り紐が良いのではと教えてもらったのだった。
ナンシーさん曰く、昔から騎士さまへの贈り物は、剣の飾り紐だと相場が決まっているらしい。
無事や健康を祈願する意味があるとのことで、確かに友人としてもお礼としても、差し上げるものとしてはぴったりだと思う。
手作りのものを渡すのが良い、とナンシーさんは力説していたのだけれど、「それは恋人や婚約者の話ではないでしょうか?」と首を傾げるノエルさんを黙殺していたので、あらぬ誤解を生まないために既製品を買うことにした。
渋るナンシーさんに頼みこみ、どうにかこうにかこの武器屋さんには飾り紐がたくさん売っていると、教えてもらったのだけれど。
「……もう少ししたら、また来よう」
広場をあと一周し、見つけられなかったらまた来よう。
お店から目を外し、回れ右をして戻ろうとしたその時だった。
「……あ、あの!」
そんな小さな声がして、振り返る。
するとほんの少し離れた路地裏から、昨日の少年が顔を出した。
「昨日、助けてくださった……薬師の方ですよね?」
本当に会えるとは思わず驚きながらも頷いて、私はその少年のところに駆け寄った。
「そうです。お怪我の具合はどうですか?」
少年の顔色や動きを見ながらそう尋ねると、少年は「大丈夫です」と目を伏せた。
「……あまり大丈夫には見えません。顔色が悪いですし、汗が滲んでいます。痛みもあるでしょうが、熱も出ているのでは?」
一般的に、怪我をした後は熱が出ることが多い。問題がない熱と感染から来る熱があるのだけれど、どちらにせよ、安静にしていた方が良いことには変わりがない。
しかしそうもできない事情があるのだろう。
ならば余計に一度診察させていただきたいと思いつつ、私は口を開いた。
「もう一度、診察させていただけますか? 昨日は手持ちがありませんでしたが、今日は色々と使えそうなお薬を持ってきたの……で」
私がそう言いながら鞄を開こうと目を落とすと、大きな影がかかった。
「人のことより、自分の心配をした方が良かったな」
野太い声がし、振り向こうとした瞬間に太い腕が現れて、口が塞がれる。
何が起きたのかわからない頭の中で。目の前の少年の青い目が、何かを探るようにまっすぐと、私を眺めていた。
◇
――リィンと、ヴァイオレットにだけ聞こえる鈴の音が響いた。
(思ったよりも、随分と早かったのね)
自室で優雅に本を読んでいたヴァイオレットは、ゆっくりと目を閉じた。
この震える鈴の音は、以前ヴァイオレットが織り上げていた魔術式だ。
あらかじめ定めた条件を満たしたときに発動するよう、少し前から仕掛けていた。
胸の内で響く鈴の音に耳を澄まし、意識と魔力をその音に同調させていく。
(――捉えた)
ぱっと目を開くと同時に音を立てて本を閉じ、近くで控えていた侍女に視線を送る。
視線を受け取った侍女の一人がヴァイオレットの意を察し、素早く動いた。
「ヴァイオレット様。何かご入用でしょうか」
「手紙の用意を」
「かしこまりました」
ヴァイオレットの言葉を受け、侍女がすかさず手紙の用意をし、ヴァイオレットに手渡した。
さらさらとペンを走らせ、書き終えた一通目の手紙は、封蝋もせず雑に封筒にしまう。
控えていた侍女の一人へ、「すぐに大聖堂のモーリスへ」と伝える。侍女は心得たように頷き、すぐさま部屋から出て行った。
手紙には即座に来いとだけ書いたので、あの男なら何を置いてもすぐにやってくるだろう。
そしてすぐに二通目の手紙を書き始める。こちらも内容はモーリス宛と同様簡素なものだが、現在の時刻を記したあとに、嫌がらせの意味を込めて殊更丁寧に封蝋をしてやった。
「これは丁度二時間後にクロードの元へ届くように。お前たちはもう下がっていいわ」
そう言いながら侍女に手紙を差し出すと、侍女たちは静かに一礼をし、部屋を出て行った。
「――さて。目的地まで、続いてくれるものかしら」
歌うように呟きながら、ヴァイオレットは優雅に微笑んだ。