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髪飾り




「きょ、今日はその……色々と、すみませんでした」


 帰りの馬車の中で。

 少し難しい顔をしているクロードさまに、深々と頭を下げる。


「お疲れのところ付き合わせてしまったというのに……あの、色々と……」


 クロードさまは、犯罪を取り締まる立場の方だ。

 だというのに犯罪ギリギリアウト寄りの行為を目の前で行ってしまい、大変に面目ない。

 しかしそれをきっぱりと口に出せばクロードさまが正式な共犯となってしまいそうで、私はごにょごにょと謝った。


「……あ、いや。大丈夫だ」


 クロードさまがハッとしたように表情を和らげた。


「確かにアーバスノットの薬は全て王家の管轄に当たるが、君は王宮薬師だ。必要な処置に薬が必要とあれば処方するのは当然だし、今回は緊急になる。帰ってから改めて申請すれば、何も問題はないだろう。何かあったら俺も証言する」

「ほ、本当ですか? よかったあ……」


 安心して力が抜ける。

 帰ったらすぐに報告をしようと大きく安堵のため息を吐くと、クロードさまがやや躊躇いがちに、


「君の行いは、素晴らしいことだとは思うのだが」と慎重に口を開いた。

「しかし街ではああいう手口で人を引きつけ、金品を奪ったりする者もいる」

「えっ……」

「王都は人口も多く豊かだが、貧しいものが多く集まる貧民街と呼ばれる場所がある。大通りはともかく、裏路地などは治安が悪い。……そのことは陛下も気にされていて、早急に貧民救済に力を入れなければと言っていたが……そういった施策は、効果が出るまでに時間がかかる」


 クロードさまが少し眉を寄せて、小さく息を吐いた。


「今回は大丈夫だったが、そういったこともあると念頭に置いてくれ」

「わ、わかりました……次は気をつけます……」


 こくこくと頷くと、クロードさまが「そうしてくれ」と小さく笑った。

 ――けれど。そういう背景があるならなおのこと、あの男の子のことは心配だ。

 心を痛めつつ、今はその気持ちを切り替えて、私はクロードさまにあらためて「ありがとうございます」と言った。


「え?」

「そういったことがあるとわかって、それでもあの時何も言わずに私の好きにさせてくださって。もしあの子が悪いことを考えている方だったとしたら、一緒にいるクロードさまも危険な目に遭ったかもしれないのに」


 きっと、ハラハラしたのではないだろうか。そう思いながら言った私の言葉に、クロードさまが「いや」と苦笑した。


「もしもあの少年が暴漢だとしても、自分よりも体格の良い大人の男と一緒にいる女性には手を出さないだろう。……それに、もしも暴漢だとしたら、少年だろうと捕らえなければ」

「あっ、なるほど……確かに」


 騎士さまらしい言葉に納得しつつ、「それでも」と私は言った。


「それを抜きにしても、クロードさまは多分私を守りつつ、治療させてくれたと思います」


 たとえばあの少年が、クロードさまをはるかに越える山のように大きく屈強な男性だったとしても、黙って見守ってくれたのではないかと思う。


「本当にクロードさまは優しくて面倒見が良くて、物語に出てくる騎士さまみたいです」


 護衛というだけではなく、たとえばあの少年の体調が悪くて、道端では処置が難しいとなったとき。きっとクロードさまなら私と一緒に、近くの病院まで少年を運んでくれると思う。

 勿論、極力ご迷惑をおかけしないよう、何事も自力で頑張るつもりではあるけれど。

 ただ、そういう優しい方だと思える方が側にいるだけで、とても安心できるのだ。


「それにクロードさまはお菓子を選ぶのもお上手なのに、今日おすすめしてくださった屋台もすべて絶品で、食べ物に関しての審美眼が超一流で……」と、優しさ以外にもクロードさまの魅力をお伝えすべく、身振り手振りを加えて熱く熱弁を振るっていると。

 はらり。結んでいた髪の毛が、首筋にかかる。


「え」

「あ」


 なぜか、ナンシーさんに結ってもらった髪が崩れたのがわかった。

 慌てて窓ガラスを覗くと、そこには大変悲惨な髪の毛になった私の姿がぼんやりと映っている。

 そういえば、と思い出す。出かける前ナンシーさんに、「あまり動きすぎてはだめよ」「極力触らないようにね」などと言われていたことを。

それを忘れた私は今日、屋台を見てははしゃぎまわり、舌鼓を打つ際に首を振り、先程は慌てて怪我人の処置までしてしまったのだった。


「お、お見苦しくてすみません……」


 自分の愚かさを呪いつつ、とりあえず髪の毛をほどいて手櫛で梳かしながら、私はクロードさまに謝った。

 ちなみに髪紐で一つに縛る、ということしかできない私は、ピンを使ってどう頭を整えればいいのか分からず、寮につくまでこの髪の毛でいることが決定している。

 顔から火が出そうとはこのことだなあと思っていると、先ほどから黙ったままだったクロードさまが、急に「ははっ」と笑う声がした。


 見るとクロードさまが、おかしくて仕方がない、と言った風に笑っている。


「はは……す、すまない。先ほどはあんなに凛としていたのに、落差が激しくて……しかし、丁度よかった」


 呆然としている私に、クロードさまが笑いながら先ほど購入していた紙袋を差し出した。

 開けるよう促されて、戸惑いつつその紙袋を開くと。中に入っていたのは、緑色の小さな宝石がお花の形で飾られている髪留めだった。


「こ、これを私に……?」

「薬作りの時には髪を纏めるだろう? その時にでも使えるかと思っていたが。早速使えそうで、よかった」

「し、しかしこんなに高価なものを……」


 いくら露店で売っているものとはいえ、宝石がついていたものは、私にとってはとても良いお値段のものだった。

 申し訳なさに眉を下げると、クロードさまが「友人というものは、祝いの際に贈り物をするものだ」と言った。


「遅れたが、君の王宮薬師への就職祝いだ。ほんの気持ちだから、受け取ってほしい。女性ものの髪留めを贈る相手は、他にいないからな」

「あ……ありがとうございます」


 申し訳なさは残るものの、それならばとありがたくいただくことにした。

いつか絶対にお礼をしようと心に誓いながら、いただいたばかりの髪留めで髪を留める。


「簡単に留まりました」


 感動してクロードさまを見ると、「よく似合っている」と優しい笑顔で笑った。

 その笑顔にとても嬉しくなり、私は「ありがとうございます」と何度もお礼を言った。


「う、嬉しいです……あの、お守りとして。大切な時には必ずつけます」


 私がそう言うと、クロードさまは少し目を丸くして「ああ」と、嬉しそうに笑った。



いつもお読みいただきましてありがとうございます!


このたびこの投獄悪女、書籍化が決定致しました…!

TOブックスさまから6月20日に発売です。

多分こちらがデビュー作になりそうで、とてもドキドキしています。

これもいつも応援してくださる皆さまのおかげです。本当にありがとうございます。

引き続き、投獄悪女をよろしくお願い致します!

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10/2、投獄悪女の書籍1巻&コミック1巻が発売されます!
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