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騎士団長と友人

今日2回目の更新です!




 その頃クロードは、花祭りの警護の最終確認のため王都の広場を訪れていた。


 既に屋台や露店が多く出ていて、街は賑わっている。

 花の女王の戴冠を含む、花祭りの儀式でのヨハネスを始めとする王侯貴族や、教会の人間の動線を頭に入れる。


 その上でクロードは騎士たちの配置や有事の際の動き方についてなど、最終的な確認と指導を行なっていた。


 それが終わってようやく一息吐いた頃、後ろから「団長」と呼びかけられた。

 振り向くと、そこにいたのは一緒に指導に当たっていた副団長のニールだった。


「お疲れ様。今日はいつになく力が入ってるね」

「いつも通りだ」


 ニールの微笑みに何か含みのようなものを感じ、身構えたクロードは即座に答えた。


「ふうん?」


 意味ありげな視線を浮かべるニールを横目で見て、顔を顰める。


「本当だ。俺は断じて浮かれてなど……」

「あ。やっぱり浮かれるようなことがあったんだ」

「…………」


 墓穴を掘って口を噤むクロードに、ニールが「君、本当にそういうところがわかりやすいね」と笑った。


「安心して。いつも通りだったよ。ただ、なんとなく良いことがあったのかなって、友人としてのただの勘……うわ、苦い顔」


 不覚を取った自分に盛大に顔を顰めていると、ニールが「はは」と更に笑った。


「まあ、僕たちの場合花祭り当日にデートに行くなんて無理だけどさ。もう屋台や露店がたくさん出てるし、充分楽しいデートになりそうだよね。食べ物はもちろん、他にも色んなものが売ってるし。ソフィア様も喜ぶんじゃない?」

「……」


 どうして、ニールが屋台巡りをすると知っているのだろうか。

 クロードのその考えを察したのか、ニールが笑いながら「そりゃあわかるよ」と言った。


「ヘタレの君でも、この時期なら屋台の食べ物を理由に誘えそうだなって思ってたから」

「……」


 前回、ソフィアに対する求婚が、『本気だと受け取ってもらえなかった』という惨憺たる結果で終わってから、ニールはクロードのことを『ヘタレ』と評するようになってしまった。


「まあまあ、そんな怖い顔しないで」


 笑いながら、ニールがクロードの肩を叩いた。


「おすすめの屋台を教えてあげるよ。あそこの屋台ではチョコのかかったドーナツが……」


 そう説明を始めたニールの言葉を、不本意ながら聞こうとした、その時。


「クロード」


 突然後ろからそう名を呼ばれ、クロードたちは振り向いた。

 声の主は、焦げ茶色の髪にとび色の瞳をした、若い男だった。

 整った顔立ちをしているが、着崩した身なりや整えられていない髪型から、どことなくだらしのない、荒んだ雰囲気を感じさせる。


 しかしその大きな体格や、整った顔立ちには見覚えがある。

 気付くのは容易く、クロードとニールが息を呑んだのは、同時だった。


「ドミニク……」

「久しぶりだな」


 かつての同僚の名前を呼ぶと、男はどこか皮肉気に笑いながら片手をあげた。


「ああ、敬語を使った方がいいかな。俺はもう騎士じゃないし、今やあなた方は国王直属の騎士団長と、副団長だ。……なんてな」


 そう自嘲気味に笑う男は、クロードがよく知るかつての友人とは、別人のようだ。

 ドミニク・ランネット。彼はクロードの友人であり、かつて騎士試験に合格した訓練生の同期として、共に王宮騎士を志していた。


 しかし王宮騎士になる直前、彼は訓練生を――騎士を辞めてしまった。

 数年前、彼の姉が夜会でヴァイオレットのドレスの裾を踏んでしまったことを理由に、ヴァイオレットの手回しによって生家は没落し、爵位を返上した。


 生家が貴族ではなくなったことや、彼の両親が借金を苦にして手を染めた犯罪が暴かれたこともあり、訓練生を辞した彼は以来行方知れずとなっていたのだ。

 噂では、王都から出て行ったと聞いていたが。


「ドミニク。お前、今まで一体どこに……」


 クロードがそう尋ねると、ドミニクは大きく肩をすくめた。


「さあ。転々としてたよ。貴族でもない一文なしだが、腕っ節には自信があったんでね。どこに行ってもかろうじて食い扶持には困らない。……なんて、こんな身の上話は楽しくないよな。それよりもお前たちは、花祭りの護衛の準備か?」


 そう言いながら、ドミニクが周りを見渡す。


「厳戒態勢だな。陛下が参加なさるとは聞いていたが、本当だったのか。ということは今回、花の女王へ花冠をかぶせるのは大聖堂の大司教ではなく陛下か。警護も大変だな。近接武器に対しての護衛は万全に見える。投擲武器や弓矢への警護はどう備え――……」

「……ドミニク」


 心苦しさを押し殺し、名前を呼ぶ。

 護衛に関することはたとえどんなに些細なことでも、口外するわけにはいかなかった。


「…………ああ、すまない。部外者には話せないよな」


 クロードに名を呼ばれ、ドミニクは両手を上げた。


「悪かった、つい懐かしくなって。そんなことよりもクロード。今日はお前に、頼みたいことがあるんだ」

「俺に?」


 多少驚きつつも、「俺にできることなら」とクロードは頷いた。


 その言葉にドミニクが目をぎらりと光らせて、クロードのすぐ近くまで歩み寄る。

 そうして耳元に唇を寄せて「ヴァイオレット・エルフォード」と、ヴァイオレットの名を呼んだ。


「あの女と、一度会わせてほしい。そうだな、あの女がどこかに出かける日と場所を知らないか?」

「なに?」


 驚いて、顔を離す。

 クロードのその反応に「おっと」と両手をあげながら、「別に何かを企んでるわけじゃない」とドミニクは苦笑した。


「ただ、少しばかり言いたいことがあるだけだ。なんせあの女には、失うものがない今じゃなければ文句の一つも言えないだろ?」


 おどけたような口調ではあるが、声音は妙に冷えていた。


「高貴なる公爵令嬢は、先日悲劇の英雄を捕まえたとして、有名になってるじゃないか。巷では美談として語られているみたいだが、今度はどんな手を使って身内までも追い詰めたんだろうな。クロード、お前なら詳しいことを知ってるだろ?」


 ドミニクの言葉に、クロードは静かに首を振った


「それに関しては。公表されていることがすべてだ」

「……なんだよ、友達にまで隠すようなことなのか?」

「隠しているわけではない。その件に関して、ヴァイオレットには何の咎もない」


 きっぱりとそう言うと、ドミニクは驚いたようだった。


「それよりも、ヴァイオレットに話したいとのことだが……尽力する。俺も何があったのか、あらためて聞きたい。しかし突然会ったところで、彼女が君の話を聞くとは思えない。ヴァイオレットに面会の時間を設けるよう、頼んで……」

「はは、なんだ。お前も友情より保身か」


 クロードの言葉を遮り、ドミニクが鼻白んだようにそう言った。


「あの女の機嫌を損ねたら、流石のお前も大変か。婚約者候補から外れたと聞くし」

「……保身で言ってるわけじゃない。ドミニク、まずは」

「お前が言ったところで、あの女が面会に応じると? あの時は応じなかったのに? それともあの時、あの女に頼んだっていうのが嘘だったのか。……馬鹿にしやがって」

「ドミニク!」


 堪えかねたというように、ニールが叫んだ。

 キッとドミニクを睨みつけながら「いい加減にしなよ。そんなこと自分でも違うって、わかってるんだろ?」と鋭い声を出した。


「はっ」


そう鼻で笑ったドミニクが、ニールを――そしてクロードを睨みつける。


「お前を友人だと思っていた俺が馬鹿だったよ」 

「ドミニク! 話を」

「聞く価値もない。何が騎士団長だ。魔術師に日和ったお前が騎士だと?」


 そう言ってドミニクが「精々職を失わないように気をつけろよ」と吐き捨てた。


「ある日突然降ってきた災難に責任を取らされて、居場所を奪われることがあるんだからな」




「なにあれ。ひどいな。クロードがどれだけ自分のために手を尽くしたか、知らないわけじゃないだろうに」


ドミニクが去ったあと。いつも飄々としているニールが、珍しく憤りを見せた。


「手を尽くしたところで、何もできなかったのは事実だ」

「いや。そこは、彼の問題だよ」


 ニールが厳しい表情で、ドミニクが去った方向を睨みつける。


「爵位の後ろ盾がなければ――それも、犯罪歴のある家族がいるなら、確かに王宮付きの騎士になることは不可能だ。だけどクロード、君は彼の家が没落した後あちこちに奔走し、少なくとも騎士でいられるようにと話をつけた。騎士になるかならないかは本人の自由だけれど、彼のためにできることはすべてやったと僕は思ってる」


 ニールがまっすぐ、クロードに目を向ける。


「まあそうは言っても、君は気に病むんだろうと思うけれど」


 そう苦笑しながら、ニールがクロードの肩を叩いた。


「さ、そろそろ仕事に戻ろっか」

「……ああ。そうだな」


 頷きつつ、横を歩くニールに「礼を言う」と声をかける。


「どういたしまして」


 少し笑って、いつも通りに飄々と振舞うニールの気遣いをありがたいと思いつつ、クロードは、先ほどドミニクに言われた言葉を思い返していた。


『お前は助けてくれなかったもんな』


 繰り返し蘇るその言葉に、クロードの胸に重苦しい感情が、澱のように溜まっていった。





お読みいただきありがとうございます!

次は月曜夜更新です。


また本日短編投稿しました!


◇転生先が、十年後に処刑される予定の幼女!◇


土日のお供にサラッとお読みいただけると嬉しいです!

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