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一緒にごはん

 


 いつの間にかこの塔に投獄されてから、はや一週間。


 隠されていた女王オーラの漂う手紙を読む限り、この体はヴァイオレットさまの体なのだろう。

 そう予想した私は涙を飲みつつ、一度だけ騎士さまに「体を入れ替えられたかもしれない」と伝えた。


 僥倖と言うべきかそうではないと言うべきか、やはり信じてはもらえなかった。


 「そういうことか」と、冷ややかにため息を吐かれてしまった彼の眼差しは幻滅していて、嬉しいやら悲しいやらで複雑な気持ちになる。どちらかといえば嬉しさが勝つ。


 永遠にこのままなのか、三ヶ月後に戻るのかわからない。


 しかし食事は毎日同じ時間に美味しいご飯を食べられる、そんな幸せの日々がいつまでも続いてほしいなと、不謹慎ながらも思ってしまう。


 ◇◇


「おはようございます! お会いできて嬉しいです!」


 今日も胡散臭そうな眼差しの騎士さまに笑顔で挨拶をする。彼が手に持つ食事は、いつもと同じご馳走だ。


 だけど今日のスープは、私が見たこともない、とろりとした黄色のスープだ。


 清らかな朝日に照らされて、スープの湯気がふわふわと夢のように揺れている。どんな味がするのだろうかと、食べる前から楽しみで仕方がない。

 そんな私に、騎士さまの呆れ果てたような声が降ってきた。


「君が会えて嬉しいのは、俺じゃなくて食事だろう」

「いっ、いえいえまさかそんな……あ、いえ、そうね。あ、あなたの顔を眺めるよりも、そのふわふわのパンを眺めている方が楽しいわ!」

「『図星を突かれて慌てて誤魔化そうとしたが悪女として振る舞わねばと思いついて下手な演技をする純粋な少女の演技』を今すぐやめろ」


 妙な演技をやめろと言われたから頑張ったのにな……と若干悲しい気持ちになる。


 騎士さまがピリピリ言い放ったあと、「うわ」という聞きなれない声が響いて、騎士さまの後ろから女性かと見紛うほど綺麗な顔立ちの男性がひょいと顔を覗かせた。この方も騎士さまのようだ。


「色々とどういうことなの」


 顎のラインで切りそろえた艶のある黒髪を揺らしながら、彼が言う。彼の視線はこの部屋の中一面に置かれた、薬草や草花を栽培するプランターに向けられていた。


 先日、欲しいものは言えと言われた私はダメで元々と薬づくりに欠かせない薬草や、用具一式を騎士さまにお願いしていた。


 もちろん訝しんだ彼から少しでも人体に害のあるものは却下されたが、安全な薬草だったり草花は許され、こうしてたくさんのものを用意して頂けた。


 なんという幸せだろうか。空腹に苛まれず、材料は限定されるとはいえ、暖かなお部屋で一日中薬作りに没頭できるなんて。


 思わずヴァイオレットさまに感謝を捧げたくなってしまうけれど、いや被害者がいる以上は不謹慎だと自省する。


「え、ちょ、ちょ、何この気味の悪い草……草?」


 そう呟く新しい騎士さまが、ドン引きした様子で眺めているのは、人の唇のような形をした植物だ。うねうねと動くそれは、珍しい種類の食虫植物である。


「それはリップンという名の食虫植物です。この唇のようなところがいわゆるお花の部分で、葉を煎じると外傷によく効くお薬になります」

「は? 食虫植物? え、大丈夫なの?」

「あ、ここには食べ物となる虫がいないことがご心配ですか? ご安心を! 食虫植物は虫を捕食致しますが、水と日光で充分な栄養を補給できます。色々な説がありますが、これは他の植物との競争に負けて、栄養たっぷりの土壌から追い出されてしまった植物が栄養を得るために食虫するようになったのではと考えられておりまして、整えた土や水があれば充分すくすく育つのですよ! 私は他にも葉や実を傷つける虫から逃れるために植物が変化した、という説も非常に興味深いと思っていて……」


 私の説明に新しい騎士さまが、生温い笑みを浮かべて騎士さまに視線を移す。


「本当にどういうことなの」

「知らん」

「クロード。君、いつもエルフォード公爵令嬢のことを知り尽くしていると、あんなに豪語しているのに」

「言い方が悪い!」


 彼らの会話に、騎士さまはクロードさまというお名前なのだと知った。

 素敵なお名前だなと思っていると、新しい騎士さまが私に笑みを向け、「ご挨拶が遅れて申し訳ありません」と礼をした。


「王太子殿下直属の第一騎士団副団長、ニール・ハーヴィーと申します」

「ニールさま! はじめまして。よろしくお願いします」

「こちらこそ。もし宜しければお近づきのしるしに、私たちと一緒に食事などいかがでしょうか」


 クロードさまは苦い顔だけれど、何も言わないということは彼も納得済みのことなのだろう。

 ニールさまは穏やかな微笑みを浮かべているけれど、目の奥には好奇心と、警戒が宿っている。


 きっと今の私を探りたいのだろうと思いつつ、初めて聞くお誘いに、私の頭の中は真っ白く弾けた。


「いっ……一緒に、食事……?」


 目を見開く私に、ニールさまが「お嫌でしたら……」と目を細めて詫びようとした。


「とととととんでも! とんでもありません! 一緒に!」


 ◇



 誰かと一緒に食事をするなど、十二年ぶりだ。

 用意をしようとする二人を止め、怯えた侍女が部屋の前まで持ってきてくれた食事やカトラリーを、いそいそとテーブルへと並べていく。


「……エルフォード公爵令嬢が食事の準備をしてるよ……?」

「本当に何を企んでいるんだ……」


 驚愕しつつ小声で会話をする二人に、私は胸を張る。


「このお部屋は今私専用のお部屋です。つまり私は女主人ですから、お客さまをおもてなししなければ。……あ! お花も飾りま」

「まずはその食虫植物から手を離せ」



 そんな会話をしつつ席につく。

 食事の前に三人で神さまにお祈りを捧げた。


 まずはスープをと、ひとさじ口に入れると、まろやかで優しい味わいが口の中に広がった。美味しすぎる。牢獄でこんなに美味しいものを食べても良いのだろうか。世の中間違っている気がする。


 ニールさまはお話がお上手で、思わず何度か声をあげて笑ってしまった。

 そのたびにクロードさまが、腐臭を放ちたての肉を本当に腐っているのか吟味するような、猜疑心たっぷりの眼差しで私を見ているけれど、面白いのだから仕方ない。


 食事は終盤となり、会話も落ち着き始めたとき。

 思わずふふっと笑いがこぼれてしまった。


「――こうして誰かとお食事するの……本当に、本当に楽しいです」


 義母やジュリアの目を盗んで、私に食べ物をくれたり優しくしてくれる使用人もいたけれど、みんな私と食事はしてくれなかった。目をつけられたら大変なことになるから、誘われても断ったと思う。


 だからこうして、何の心配もせずに誰かと笑い合う食事は本当に久しぶりで。満たされたお腹以上に、心が温かくなった。


「一緒に食事をしてくれて、ありがとうございます」


 私がそうお礼を言うと、二人はなんとも言えないような顔をした。




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