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人の道を外れた淑女

 



 私の意志に反して、体が勝手に軽やかに動き始める。


 先ほどまでは背筋を伸ばすことで精一杯だった私の体が、手に持っていた本を頭に乗せて、優雅に歩き、礼を執った。


 その動きはさながら貴婦人だ。まるで体を誰かに乗っ取られたような気持ちになる。


 端的に言って、とても怖い。


「こっ、ここっ、怖い! 怖いです! ヴァイオレットさま、一体これは……⁉︎」

「あら、思ったよりもうまくいっているわね」


 仰天する私の言葉が聞こえていないかのように、ヴァイオレットさまがご自身の口元に指を当て、興味深そうな顔をする。


「肉体操作。これは今考えついたばかりの魔術だけれど、大きな問題点はなさそうだわ。課題は持続時間かしら」

「今考えついた⁉︎」


 思いつきで人を実験体に……!


 勝手に動く手足に翻弄されながら、ヴァイオレットさまを凝視する。

 つい人間性を疑う気持ちが滲み出てしまったのか、ヴァイオレットさまが子猫のように目を細めて、口元だけで微笑んだ。


「何か文句でもあって?」

「! な、ないですっ……ひゃっ!」


 体が自由にならないことを忘れて、つい慌てて両手を振ろうとする。

 するとその瞬間にふっと体が自由になり――バランスを崩した私の体は、後ろに向かって倒れていった。


 咄嗟に目を瞑って衝撃に身構えると、次の瞬間私の後頭部にぼすん、と何か分厚いものがぶつかった。


 同時に私の左肩が誰かの大きな手で支えられる。そしてすぐ、低い声が降ってきた。


「――何をしている。ヴァイオレット」


 振り返って見上げると、そこには盛大に顔を顰めているクロードさまがいた。


「クロードさま」


 驚いて名前を呼ぶと、クロードさまは私に目をおとし、気遣わしげに眉を寄せて「大丈夫か」と言った。


 どうやら転びかけた私を助けてくれたらしい。私を助けながら本も守ってくださったようで、クロードさまの右手には、私の頭に乗っていた本が燦然と輝いている。


「ありがとうございます、助けていただいたおかげで大丈夫です! あっ、でも、クロードさまは大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。君を受け止めたくらいでは怪我はしない」


 そうクロードさまが優しく苦笑しながら、手にした本を私に差し出す。


「久しぶりだな」

「! はい! お久しぶりです」


 はにかむように笑うクロードさまを見て、本を受け取る私の頬も勝手にゆるんだ。


 クロードさまの言う通り、こうしてお顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。


 三か月前までは塔の中で毎日顔を合わせていたというのに、お忙しいクロードさまと、研究所にこもりきりの私とではなかなか都合がつかない。


 それに加えて私の休日はこうしてヴァイオレットさまに淑女教育をしていただくことになったので、せっかくお友達になっていただいたのにまたしばらくお会いできそうにないなあと、ちょっとさびしく思っていたのだ。


 それが、まさかこの公爵邸でお会いするなんて。


 クロードさまも、ヴァイオレットさまにご用があってきたのかしら。そんなことを思った瞬間、ヴァイオレットさまが口を開いた。


「何をしている、だなんて。白々しいことを」


 嘆かわしいと言いたげに頬に手を当てながら、それでも瞳だけはとても楽しそうに光らせて――ヴァイオレットさまが、そう言った。


「お前には先日、ソフィアに淑女教育を施すのだと教えてあげたではないの。だというのにわざわざやってくるなんて、石頭のくせに物忘れまで激しいのか、それとも単純に邪魔をしにきたのか――愚かなのか粘着質のどちらかじゃないの。どちらにせよ、嫌だわ」

「ヴァイオレット。見てわかるだろうが、俺は」


 クロードさまの地を這うような低い声を無視し、ヴァイオレットさまは「ねえソフィア」と私の方に目を向けた。


「友人は選びなさい。お前の生涯の友とするには、クロードは不適格よ」

「えっ⁉︎ まさか、とんでもありません!」


 全力で首を振りながら、大きな声で宣言する。


「クロードさまは優しい方です! 今後末長く、できれば一生友人でいていただきたいと、私の方からお願いしたいほどで……!」

「………………」


 沈黙するクロードさまと、くすくす笑うヴァイオレットさまとの間に、不穏な空気が漂い始める。


 もしかして私は言ってはならないことを言ってしまったのだろうかと困惑していると、小さなため息と共に、よく通る低い声が聞こえてきた。


「底意地の悪いことは止せ、ヴァイオレット」


 見るとクロードさまのすぐ後ろに、国王となったヨハネス陛下が、呆れた顔で立っていた。


「へ、陛下……!」


 慌てて礼を執ろうとする私に「そのままでいい」と手をあげて、ヴァイオレットさまに目を向ける。


「私がいるのだから、クロードは私の伴として来ているのだと察しているだろう?」

「まさか。存在感が薄すぎて、今の今までお前が来ていたことにも気づかなかったわ」

「最初に目が合ったよな? それに仮にも国王と同じ場所にいて気づかないなど、そんなわけないだろうが……オルコット伯爵令嬢?」

「はっ、はい!」


 気まずさに陛下からそっと視線を外した瞬間、名前を呼ばれて背筋を伸ばす。

 そんな私に一瞬なんとも言えない微妙な眼差しを向けつつも、陛下が「すまないが」と口を開いた。


「今日、私はヴァイオレットに話があってきたんだ。そろそろ終わる時間のようだし、悪いが今日はこれで終いにしてもらえるだろうか」

「わ、私は大丈夫ですが……」


 ヴァイオレットさまの前で不用意なことを言うわけにはいかない。そう思ってヴァイオレットさまに目線を向けると、つまらなさそうな表情はしているものの、意外にも小さく頷いた。


「それじゃあクロード。オルコット伯爵令嬢を、家まで送ってやってくれ」

「かしこまりました」


 陛下の言葉にクロードさまが頷き、「行こう。馬車を待たせている」と私に声をかけた。


「それでは陛下、先に失礼致します」

「頼んだ。それではまたな、オルコット伯爵令嬢」

「はっ、はい、失礼致します」


慌てて礼をし、それからヴァイオレットさまにも、先ほど教えていただいた通りに一礼をした。


「ヴァイオレットさま、今日はありがとうございました。それでは、また」

「次までに、少しは今日教えたことを完璧になさい」

「がっ……頑張ります……」


 ごにょごにょと尻すぼみでそう言いながら、もう一度丁寧に礼をする。

 それから先を歩くクロードさまの後についていきながら、私はエルフォード公爵邸を後にした。





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