英雄の復讐譚は
「……ああ、認めよう。私の負けだ」
地に膝をついたまま、大公が静かに言った。
「重罪であることは間違いない。火刑にでもするがよかろう」
「……罪人が、己の罰を決めるものではなくてよ」
ヴァイオレットさまが淡々と「もうあなたの思い通りになることなど、何一つないわ」と言った。
「あなたが自身ではなく私を王位につけると言ったのは、事が終わったあとに王太子を殺害したと自首するためでしょう。そしてそれは、民や貴族の王家への求心力を失わせるためでもあった」
「……さすがだな、ヴァイオレット」
ヴァイオレットさまの言葉に、大公は自嘲気味に笑った。
「大罪である王族殺しは、国中の貴族が集まる裁判の元で、その動機を含めた詳細を詳らかにしなければならない。かつて国を救った英雄クロムウェル・グロースヒンメルは、国を救ったが故に王位継承権を剥奪され、妻子まで害された。……復讐もやむなしと、判断する者は多いでしょう。何よりあなたは、この国で誰よりも尊敬され、愛される英雄だから」
そこまで言って、ヴァイオレットさまは言葉を切った。一瞬だけ何かを堪えるように唇を噛み、また口を開く。
「そんなあなたを斬首や火刑に処したらどうなるか、無能でもわかるわ。先代の国王や、陛下の評判がどうなろうと知ったことではないけれど、ヨハネスの治世で暴動を起こされたら困るのよ。この節穴ぼんやり痴れ者王子がうまく収められるかは甚だ疑問だし、この私に面倒が降りかかるのもごめんだわ」
だから、とヴァイオレットさまが、真っ直ぐに大公を見つめる。
「――死んで楽になるなど、思わないことね」
◇
強力な魔術封じの枷をかけられた大公が、クロードさまと号泣している神父さまと陛下と共に、転移陣にて王城へと向かう。
後に残されたのは、私とヴァイオレットさま。それからリリーさまと、殿下だ。
大公が地に膝をついたと同時にリリーさまの元へ駆け寄っていた殿下は、大公と陛下の告白に大きなショックを受けているのだろう。顔色がとても悪かった。
それに、多分……。愛する婚約者が、自分を殺そうとしていたことも聞いていたはずだ。
どこか悲しそうな、困ったような顔をした殿下が、それでもリリーさまに少し強張った笑みを浮かべた。
「……大丈夫か? 怪我は、ないか? 無事でよかった」
「でん、か……」
「怖かったろう。……助けてくれて、ありがとう」
ぼろぼろと泣くリリーさまに殿下は慌て、「魔術をかけられたのか? 魔力無効化の薬はもう無く……これを噛むと些かマシになる」と懐からホワイトセージの葉を取り出し、リリーさまに渡した。
あれ、王城に入る前に念のためヴァイオレットさまに渡していた薬は、二人分はあったのだけど……? なのに殿下にはホワイトセージ……? 確かに毎晩のミルクで、命に別状はないくらいの症状を食い止められてはいたけれど……。
横のヴァイオレットさまを見ると、彼女はこの世で一番救いようのない愚か者を見るような眼差しを殿下に注いでいる。見なかったことにして、私は殿下とリリーさまに目を向けた。
「殿下、私は……私は、あなたに優しくして頂く資格はないのです。罪人です。私は……」
「…………ヴァイオレットから、色々と聞いた。君の動機はわからないが、私の推測が当たっているなら……領地をそこまで思う君を追い詰めたのも、君を利用しようとしたのも、全て王家に咎がある」
「違います、殿下、私は……」
泣きじゃくるリリーさまの頰の涙を拭おうとしたのか、手を伸ばした殿下が触れる前に指を止める。
ほんの一瞬、どこか痛そうに眉根を寄せ――、目を伏せた。
「…………すまなかった。リリー・レッドグライブ伯爵令嬢」
その言葉は、多分大好きな人へのさよならの言葉だったのだろう。
それだけを言うと、殿下は私とヴァイオレットさまに向き直り深く頭を下げた。
「――君たちにも、心から謝罪をする。そして……ありがとう」