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助けたいと思う気持ち

 



 風が吹くたびに花びらが舞う空間で、リリーさまが私に強い眼差しを送った。


「どうして、あなたがここにいるの」


「あの、ええと……大公に連行されて……?」

「…………今のあなたは、ソフィア・オルコットのようね」


 リリーさまがほんの微かに、警戒を緩めたようだった。

 やっぱり、昨日のヴァイオレットさまとリリーさまとの会話で入れ替わりに気づいたのだろう。


「リリーさまは、どうしてこちらに……?」

「……あなたには関係がないでしょう」


 ふい、と顔を背けるリリーさまの表情は硬い。ひどく疲れているようだ。


 昨日はさほどでもなかったのに、目の下にはお化粧では隠しきれないクマがあり、顔色も悪い。嗅ぎ覚えのある百合の香りが強く香って、私は思わず口を開いた。


「リリーさまは……どうして、大公のお手伝いをなさっているのですか?」


 私の質問に、リリーさまが鬱陶しそうな顔をする。


「……私がそれに答えると、本当に思っているの?」

「答えて頂けたら嬉しいなあ、とは思っておりますが……」


 さすがの私でも、無理だろうなと思っている。けれど、反応は見ることができる。


「あの、レッドグライブ伯爵家の領地は王都から遠い地にあるのですよね。……ドノヴァンという地の、更に奥にあるザンバスという地。一、二年ほど前に大きな水害が起きて、作物のほとんど……そして畑も、壊滅的な被害を受けたと」


 世間話の一環として、ニールさまから聞いたことを思い出す。

 リリーさまの領地は元々作物が実りにくい地だったそうだ。その上で起きた水害によって、領民は飢餓に苦しんだのだと。

 本来であれば、他の領地や国から食料が支給される。けれど水害のあったその時期はひどい天候不良で、どこの地も作物の生育が悪く、食糧不足に陥っていた。


 国庫に保管していた食物は全て開放したそうだけれど、遠い果ての地までには、充分な支援は行き渡らなかったそうだ。


 けれどザンバスの地では農民の懸命な努力が実ったのか、ある日を境に作物が実るようになった。


 食料問題が落ち着いたタイミングでリリーさまは王都の社交界に顔を出し始め、殿下の目に留まり、それ以降二人は仲睦まじい姿を見せるようになったらしい。


「……飢える領民を見たリリーさまは、大公がどんな地でも植物を実らせることを知り、助けを求めたのですか?」


 私の言葉にリリーさまは答えなかった。

 きっとそれが答えなのだろうと、私はリリーさまの顔を見た。


「私のこの予測が当たっているのならリリーさまは……苦渋の決断をなさったのだとお察しします。けれどどんな事情があっても、殿下のことは許されることじゃありません。あの、」


「素敵な綺麗事ね」


 私の言葉を遮って、リリーさまが吐き捨てるように言った。


「そうね。人を殺めるのは良くない事だと、私も思うわ。あなたのように恵まれた側の人間だったら、私も非難したでしょう。貧しい平民を救うために王太子の命を狙うなんて、正気の沙汰ではないわよね」


「リリーさま、私は……」


「だけど私は、何もしてくれなかった王侯貴族全ての命より、幼い頃から一緒に生きてきた領民の方がよっぽど大切なのよ!」


 激昂したリリーさまの悲痛な声が響いた。

 いつもよりも感情が昂っているのは、私の言葉に思いやりがなかったのか、大公の魔術によるものなのか、我慢してきたものが噴き出したのか、そのどれもなのか。


「もしも過去に戻れたとしても、私は同じ選択をするわ。今度はもっと上手くやるでしょう。それを非難されたって、私は何とも思わない。だって殿下の命よりも、私は自分の身内の方が大事だもの!」 


 そう言いながら唇を噛んだリリーさまは、まるで自分に言い聞かせるように「どんな綺麗事を言われたって変わらないわ、絶対に――変えたりしない」と言った。



「そうですよね……」


 リリーさまの言葉に、私はぽつりと呟いた。


「確かに殿下の命よりも、大切な人の命の方が大切ですよね……」

「………………えっ……?」


 私が噛み締めるように言いながら頷くと、リリーさまがぎょっとした顔を見せた。


「例えば、今私の目の前に殿下と、いつも美味しい食事を作ってくださる料理長が川に溺れていたとして。どちらか一人しか助けられないとなったら、私はおそらく、料理長を助けてしまうでしょう」


 リリーさまをまっすぐに見ると、リリーさまは理解不能な生き物を見るような、愕然とした顔をしている。


「あなた……何を言っているのか理解しているの?」

「もちろんです。リリーさまには、何に代えても守りたい人がいるんですよね。誰だって自分の大切な人の命は守りたいものだと、私にも理解できます」


 そう言って、ふんわりと頭に浮かんだのはクロードさまやヴァイオレットさまの姿だ。お二人とも、殿下を守るために、そして私を守るために。身を張って助けてくれようとしていた。


 誰かを助けたいと思う気持ち自体は、とても優しいものだと思う。


「ただ……殿下のことを。守りたいと強く願っている人もいます」

「……っ、」


 リリーさまの表情が歪む。私は「まだ間に合います!」と言った。


「こう見えても私、最近食料問題解決にむけて研究をしていたんです! 食料問題さえ解決したら、こんなことはなさらなくて大丈夫でしょう? 今日のリリーさまは、大公の魔術に苦しんでいるように見受けられます。大公に頼らなくても解決できる方法を、一緒に……」

「……もう、もう無理よ」


 そう言ってリリーさまは、はらはらと涙をこぼした。


「大公はもう止められない。私が手助けしなくても、何が起きても、大公は殿下を殺して目的を遂げるわ」






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