誰よりも輝いていらっしゃる
モーリス・グラハム・ホルトは、魔力持ちだ。
と言っても魔術師として生きていけるほどの魔力はない。当時天まで高かった誇り高さも災いして、普通の人間にも魔術師の仲間にも親にさえも馴染めず、幼い頃に捨てられた。
――幼い頃に自分を拾ってくれた大公には、心から感謝し忠誠を誓っている。
魔力持ちも随分生きやすい世の中にはなったが、神殿のような由緒正しい場所では、やはり敬遠される。本来ならば憧れていた神父にはなれなかっただろうモーリスだが、大公が渡してくれる薬のおかげで魔力を隠すことができ、普通の人間に擬態することができている。
だからモーリスは多少の罪悪感を抱えつつも、ヴァイオレットがいるらしい王城へとやってきた。
これは大公の命によりもてなさねばならない小娘の我儘で仕方なくやるのであって、大公を裏切っているわけではないと言い訳をしながら。
――それにしても、あの娘……。
オルコットと名乗るその娘を思い出し、モーリスはギリギリと歯噛みする。
―――気高きヴァイオレットさまに気遣いを受け、あまつさえそれを自慢げに言い放つとは腹立たしい。しかしあの小娘のおかげでヴァイオレットさまのお顔を拝見できる口実ができたことは、事実……。
モーリスにとってヴァイオレットは、光であり女王であり、世界の全てだ。
万人がひれ伏すべき我が女王、と思うと同時に、彼女の本当の素晴らしさは自分だけが知っていれば良いとも思う。東の果ての国では同担拒否という言葉があるらしいが、これ以上に完全同意な概念を、モーリスは他に知らない。
――いいえ、私のような卑小な人間が、女神と同じ時を生きる許しを得ただけでも僥倖です。神に感謝いたしましょう……。
それでもソフィア・オルコットに敵愾心を燃やしつつ、モーリスはヴァイオレットがいそうな場所を中心に、王城の中を進む。
こういう時、大聖堂の神父という肩書きは非常に便利だ。神父になって本当によかったと思っていると、見間違えるはずがない淡く美しい金髪が、彼の目に入った。
――ああ、やはり塔の外にいるヴァイオレットさまは誰よりも輝いていらっしゃる……!
目障り極まりない世界で一番嫌いな男が横にいるが、そんなことも気にならないほど、今日のヴァイオレットはいつにもまして輝いていた。
思わず感極まりそうになった時、彼女の声が耳に届いた。
「――……の薬のおかげで助かったけど……あの娘はどこに……モーリスなら伯父様の隠れ家を知っていそうだけれど、大聖堂からは面会を断られてしまったわ」
「ヴァ、ヴァイオレット様!?!?」
自身の名を呼ばれた衝撃に、隠れる事も忘れて思わず出てしまった。ヴァイオレットとクロードが驚きに目を丸くしたところで、しまった、と我に返る。接触は禁じられていたのに。
「……モーリス・グラハム・ホルト。良いところにきたわね。今、お前に会いに行こうと思っていたのよ」
女神のように光り輝き、悪魔よりも美しいその人が微笑んだ。
「ソフィア・オルコットの居場所。――伯父様の子飼いのお前なら、知っているのではなくて?」
その言葉に、大公が自身とヴァイオレットを会わせないようにしたのはこの状況を避けるためだと察した。
「案内なさい、モーリス。今すぐに」
モーリスは歓喜に震えながらも、恩人と女王、自分はどちらの言葉を優先すべきなのだろうかと悩み――冷たい汗が、一筋流れた。
◇
結論として、モーリスは一度は抵抗をした。
幼い自分を救い、かつて一生を捧げると誓った恩人を裏切るわけにはいかなかったからだ。
それに何より、大公の目的は、おそらくモーリスの悲願と一緒なのだ。いくら女王の命令と言っても、ここだけは譲れない。
「……そう。普段から私の言うことなら何でも聞くと豪語していたお前は、見る目がないだけではなく私の言葉が聞けないと言うのね」
ヴァイオレットが目を細めながらそう言った言葉に慈悲を乞おうとした時、ヴァイオレットが続けて告げた真実に、モーリスは驚愕に打ち震えた。
「なっ――……塔の中のヴァイオレット様は、ヴァイオレット様ではなかった……!?」
「そうよ。お前が三ヶ月間私だと信じていた人物は、私の姿をしたソフィア・オルコット」
「ど、道理で気高さの欠片もないと……!」
自身の盲目さに愕然とした。見る目のないこの目を、抉り取ってしまいたかった。横の男が「その分素直で愛らしかっただろう」と眉を寄せているが、心底どうでも良い言葉だった。
「今更、そんなことを言っても、お前が私と入れ替わった別人を見抜けなかったことは事実よね?」
「ヴァ、ヴァイオレット様……私は……」
「小娘と私の放つ風格の違いがわからないなど、お前がいつも言っていた『ヴァイオレット様が私の全て』という言葉の薄さが知れてよ。――そんなお前に、この私が最後の慈悲を与えてやろうと思ったのに」
本当にこれが我が女王なのか、と疑ったことはあった。しかし僅かながらに魔力を持ち、魔術も齧っている彼としては、入れ替わりなど決してあり得ないものだと思い、不敬な自分を責めていたのだ。
「それに私の言うことならば、カラスは白くなり雲は黒くなるべきだと常々言っていたのはお前。そんなことを言っていたお前自身が、私の言葉に逆らうなど笑わせてくれるわ。――二枚舌が私の視界に入るなど、許されることではないわね。不愉快極まりないわ」
「! ヴァイオレット様……!」
「もう、お前にこの私の名を呼ぶ資格などなくてよ」
冷たく言い放たれた言葉に、モーリスは愕然とした。そんなモーリスに、ヴァイオレットは「最後に、もう一度だけ聞いてあげるわ」と優しく、だからこそ最終宣告だとわかる声を出した。
「モーリス・グラハム・ホルト。伯父様の隠しているソフィア・オルコットは、どこにいるの?」
獲物をいたぶる美しい猫のような眼差しに、モーリスは項垂れた。