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クロード・ブラッドリー

 



 王宮からほど近い、幽閉の塔。


 その塔の中にある執務室で、革張りの椅子に体を預けている黒髪の騎士――クロード・ブラッドリーは、目を瞑って深くため息を吐いた。


 弱冠二十二歳にして王太子直属の第一騎士団の騎士団長の座につく彼は、今猛烈に頭を悩ませていた。


(なんなんだ、あの女は……)


 まぶたの裏に浮かぶのは、ヴァイオレット・エルフォード公爵令嬢の姿だ。


 淡い金の髪に、紫の瞳。

 一つ声を発するだけで、その場を思い通りに支配する存在感を持った少女は、彼が今まで見た人間の中で一番ろくでもない女であった。


 傲慢で、強欲で、享楽的。

 常に人を傅かせ、どんな人間に齎された些細な不快も見逃すことはない。その報復たるや、おそらく罪悪感や自制心を地獄の底に置き忘れてきたに違いないと、クロードは常々思っている。


 その彼女が――、彼女の思う通りには動かないクロードに、いつも「消え失せろ」というような視線を送っていた彼女が、この塔に来てから何故か妙に澄んだ瞳でクロードを見つめていた。



 脳裏にほわんと、何故か床の上で眠っている姿や、起こした瞬間の慌てふためく姿や、食事を見ては目を輝かせた姿が浮かび上がる。


(――いや、おかしいだろう!)


 思い出して異様さに額を押さえていると、扉がノックされた。


「入れ」


 入ってきたのは部下である副団長、ニール・ハーヴィーだった。


「うわ、疲れた顔してるね」


 クロードの顔を見て美しい顔に小さな笑みを浮かべると、顎のラインで切りそろえた黒髪が揺れる。中性的な美貌を持つ彼は、クロードにとって気の置けない友人でもあった。


「どうなの、女帝の様子は」

「最悪だ。新たな精神攻撃を考えついている」

「あはは。警備の騎士も侍女たちも、人を呪う前触れじゃないかって青褪めてたよ」


 ニールが愉快そうな視線をクロードに向ける。この友人は腕も立つし賢いが、何事も面白がるところが玉に瑕だ。


「もしかして彼女も、深い反省のちに改心したのかもしれないね。いくら悪名高きエルフォード公爵令嬢といえども、この間のあれは異常だった」

「確かに、彼女らしくないと言えば彼女らしくはなかった」


 先日の、彼の主である王太子――ヨハネス・デ・グロースヒンメルとリリー・レッドグライヴ伯爵令嬢の、婚約を発表した夜会のことを思い出す。


 ヨハネスが婚約を発表をしたまさにその時、国王の近くに座していた彼女はあろうことかヨハネスにワインを浴びせ、その婚約者であるレッドグライヴ伯爵令嬢の頬を叩いたあと、凄まじい形相で土下座をさせた。


 すぐにクロードが取り押さえたが、ヴァイオレットは「お前ごときがこのようなことをして許されると思っているの」と激昂していた。


 ヴァイオレットが怒りを剥き出しにする姿を見たのは、幼い頃以来だ。彼女はどんな小さな不快も許さないが、その怒りは片眉を少し顰める程度にしか表情に出すことはないからだ。 


 それに、彼女は自身の悪女という噂を気にすることはないが、大衆の面前であのように自身の首を絞めるような行いをするほどは愚かではないはずだった。


(一体何をあんなに激高したのか。問い質しても答えず、レッドグライヴ伯爵令嬢も全く心当たりがないと言う。……当然だ、二人に接点などない)


 そのことに疑問を抱えながらも、クロードは首を振る。


「しかし……彼女が改心などするわけがない。改心するくらいなら、最初から行わない。彼女はそういう人間だ」


 クロードがきっぱりと言い放つと、ニールが肩をすくめた。


「ひどいことを言うね。婚約者に」

「婚約者『候補』だ。結婚などするものか」


 そう言いながらも苦い顔を浮かべる。ヴァイオレットが馬鹿な真似をしたせいで、状況は悪化した。

 今までは新たな婚約者候補を出されても困ると互いに利用する形でのらりくらりと誤魔化していたのだが、身を固めろという王命がいつ下ってもおかしくない。


 現国王陛下は、亡き妹姫の忘れ形見である姪のヴァイオレットを溺愛している。

 これ以上余計な騒ぎを起こして庇いきれなくなる前に、身を固めて落ち着いてほしいと願っていることだろう。


(結婚したところで、落ち着くわけがないだろうが)


 むしろクロードへの嫌がらせに繋がるとして、嬉々として悪辣ぶりを発揮しそうだ。

 そう考えこんでため息を吐くクロードに、ニールが苦笑する。


「まあ僕も、彼女が改心したとはこれっぽっちも思っていないけど。ただ、この塔に入る前に気を失ったじゃない。医者が言うには急激に精神に負荷がかかった証拠だろうって言ってたやつ。彼女もまだ十八歳の若い女の子だし、塔に入って心細くてああいう態度を取ってるんじゃないかな」


 それはないだろう、とクロードは思う。彼女の監視を任されたクロードが彼女を公爵邸から塔に移送したとき、落ち着きを取り戻していた彼女はどう見てもいつものヴァイオレット・エルフォードだった。


 どことなく歌を歌いだしそうな機嫌の良さまで感じられた。何を企んでいるのかと、訝しく思ったものだ。


 そしてその幽閉の塔の前で、今にも雪が降りだしそうな空を仰いだ彼女は、一瞬だけ微笑んで倒れた。


 そうして医者から『精神的な負荷による一時的な失神』と判断され、彼女は目覚めたのだが。

 目が覚めた彼女は、まるで別人のようになっていた。


(――あれが、心細くて健気にふるまう姿だと? まさか、絶対に彼女はそんな人間ではない)


 そう思うと同時に、心底悲しそうに食事をクローゼットにしまおうとした姿を思い出す。

 あれはもしやクロードが、塔に入って抵抗できない彼女を虐待するとでも思っていたのだろうか。


(……いや、絶対に。彼女はそんなことを心配するような人間じゃない)


「――警戒を怠るな。彼女は、予測できないことを平気でする」


 浮かんだ考えを振り切るように。クロードは、厳しい顔でニールにそう告げた。




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