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付き合う友人は、少し考えた方が良い

 



 生まれて初めて目にする王宮は、目が痛くなりそうなほどきらびやかな場所だった。


 歩くだけでなにかしらの罪に問われてしまいそうな場違いな私と違って、ヴァイオレットさまとクロードさまは全く臆さず、背筋を伸ばして威風堂々と歩いている。


「陛下と妃殿下。そして殿下が既に謁見の間でお待ちだそうだ」


 長い長い廊下を歩きながら、クロードさまが言う。

 彼は朝一番に私たちが訪れることを伝えてくれていたのだそうだ。


「大切な話がある旨を伝えてもらっている。人払いもされているはずだ」

「そう」


 ヴァイオレットさまが頷く。


「その三人だけならば、私が言えば間違いなくその場で薬を飲ませることができるわね。――余計な邪魔が入る前に、急ぐわよ」

「なんだかそのセリフ、少しフラグが立っているような気がしますね……」


 私がついそう言うと、ヴァイオレットさまにぎろりと睨まれてしまった。


 ◇



 謁見の間につくと、そこには国王陛下や王妃殿下、ヨハネス殿下。

 そしてもう一人、見知らぬ人がいた。


「……!」


 その方を見た途端、ヴァイオレットさまとクロードさまが瞬時に警戒し、身構えたのがわかった。


 黒いマントに身を包んだその人は、背の高い大柄な方だ。黒い髪を後ろに流していて、精悍な顔立ちがよく見える。左の眉から目の下にかけて、大きく古い傷跡があった。


 そして何より、鈍感な私にもわかる程に溢れた魔力で。

 柔和に微笑むその方が大公閣下だと、すぐにわかってしまった。


「――久しぶりだな、ヴァイオレット」


 大公閣下が、耳に響く低い声でそう言った。


「伯父様……」

「塔から出たその日に外泊とは感心しないな、ヴァイオレット。―――それに付き合う友人は、少しだけ考えた方が良い」


 そう言って大公が、柔らかく細めた――けれど温度のない眼差しを私に向ける。

 友人とは、私のことだろうか。言われた言葉に戸惑っていると、すぐ横にいるヴァイオレットさまが落ち着いた声音を出した。


「私が誰と付き合おうが、伯父様には関係のないこと。それになぜ、伯父様がここにいるのです?」

「君と同じだ。陛下に大切な話があってこちらに来たが――私の方が、少し早かったようだな」

「大切な話?」


 ヴァイオレットさまが眉を上げて、玉座に座る陛下に目を向ける。その眼差しに陛下は少し困ったように眉を寄せながら「重大な話だ」と頷いて、私に鋭い目を向けた。


 大公と陛下のあまりよろしい意味のなさそうな眼差しに怯えて、思わず息を呑む。

 ――な、何故こんな目で見られているんだろう。王宮に相応しくない場違いさだから……?


 やっぱり家で待っていればよかった……と後悔に震えていると、陛下が私から目を逸らさないまま口を開いた。


「ヴァイオレット。彼女がソフィア・オルコットで間違いはないか」

「……だったらどうだと言うのです」


 ヴァイオレットさまが警戒心を露わに陛下を強く見据えると、大公は微笑みを崩さずまた目を細め、「罪人と君が付き合うことを、陛下は心配していらっしゃる」と言った。


「えっ……!?」


 罪人……!?


 大公の言葉に、驚いて思わず変な声が出た。

 横のヴァイオレットさまやクロードさまも息を呑む音がして、クロードさまが「大公!」と彼の名前を呼んだ。


「罪人とは。何か勘違いをされています! 彼女は……」

「知っている。彼女はアーバスノットの孫娘。――彼女の作る薬も王家の管理下にあり、勝手に売買することは禁じられている。……心当たりはあるだろう? オルコット伯爵令嬢」


 ハッと、私とヴァイオレットさまは息を呑んだ。

 心当たりがありすぎる。冤罪でも勘違いでも策略でも何でもなく、私は完全に犯罪を犯している。


 だらだらと、冷や汗が流れた。


 何の弁解もできない私に、クロードさまの表情が強張る。ヴァイオレットさまが動揺が滲んだ声で「陛下」と口にした。


「アーバスノットの薬が売買されたことは事実ですわ。けれどそれはこの娘の義母が仕組んだことであり、この娘は自身がアーバスノットということも知らなかったのです。捕らえるのならば、まず義母を……」


「ヴァイオレット、それは無理がある。もちろん家族も調査対象には入るが――悪女と名高い彼女に、オルコット伯爵家の者たちは誰も頭が上がらなかったと言うではないか。それも踏まえて現時点では、オルコット伯爵令嬢の独断で行ったことだと推測せざるを得ない」


 そう言う大公が、「そうでしょう、陛下」と告げると、陛下は渋い顔で頷いた。


「アーバスノットの薬は、物によっては混乱を招きかねん。例え自身の薬であっても、売り飛ばすなど言語道断だ。……多少の処罰はせねばなるまい」

「陛下、お待ちください。まず今日私がこの娘とここにきた理由を……」

「ヴァイオレット」


 ヴァイオレットさまの言葉を、大公が静かに名前を呼んで遮った。


「君は婚約発表の場で、レッドグライブ伯爵令嬢に大衆の面前でひどい行いをした。今まで私も陛下も公爵も、君をつい甘やかしてしまっていたが――よほどの大義がなければ許されないようなあんな行動をした君を。私を含めた皆が、多少の危機感を持って見守らねばならないと決意したのだよ。君の言動は、しばらくは信頼に欠けるものとみなさねばなるまいと」


 それに、と大公が柔らかく微笑んだ。


「――例えば。そう、例えばだが。今ここにオルコット伯爵令嬢が、王家に献上する薬を持ってきていたとする。けれども彼女が暫定的に罪人である今、その薬は大変な時間をかけた、綿密な調査が必要になるだろう」


 陛下や殿下に背を向けた大公が、唇だけで『君の負けだよ』と呟いた。


「――!」


 ヴァイオレットさまが、小さくなにかを呟く。あたりを震わせるような大きな魔力がヴァイオレットさまの体から風と共に巻き起こった。

 怒っている。そして、きっと私を逃がそうとしている。ヴァイオレットさまはこちらをちらりとも見ていないけれど、なぜかそう思ってしまった。


 そんなヴァイオレットさまを見て、大公はふっと微笑む。余裕のある、強者の笑みだった。


「ヴァイオレット。君は元教え子であり、可愛い姪で、私の宝だが。――しかし少々、おいたが過ぎるな」


 そう言った大公が指を振り小さく何かを呟くと、ヴァイオレットさまが急に目を見開き、喉を押さえた。


「これで、しばらくは話せないだろう。――何をぼやぼやとしている。捕らえよ」


 大公が、隅で控えていた騎士さまたちに鋭い声でそう命じた。

 ハッとした騎士さまたちが、こちらに向かって来る。

 咄嗟に後ずさったけれど、すぐに距離を詰められる。私を捕らえようとこちらに手を伸ばす騎士さまに、足がすくんでぎゅっと目を瞑った。


 どうしよう。ヴァイオレットさまは大丈夫なのだろうか。それに私が捕まったら殿下は――と自分の愚かさを呪っていると、騎士さまたちが戸惑う気配がした。


「!」


 おそるおそる目を開けると、私を庇うようにクロードさまが立っていた。

 大公が、眉を上げる。愚かな、と小さく呟く声が聞こえた。




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