私もたくましくなったと思う
眩しくて目が覚めると、外はもう朝になっていた。
いつの間にか私はクッションを枕にして眠っていたようだ。体にはクロードさまの上着がかけられている。
どこかに行ってしまったのか、今は姿が見えない。
「……あ、薬!」
ハッとして鍋を見ると中身は空っぽになっている。そのすぐ横に、丁寧に瓶に詰められた金色の薬が朝日に照らされて輝いていた。
この透ける金色はきちんと薬効が生きている証拠だ。クロードさまがきっちりと、時間通りに火からおろしてくれたのだろう。
ホッと安心していると、キィ、と音を立てて扉が開く。見るとクロードさまで、私を見て「起きたか」と目を細めた。
「クロードさま! おはようございます」
「よく眠っていたようだが、疲れはとれたか? 今日も忙しくなりそうだ」
「はい!……あの、ありがとうございます。薬も、それから上着も……」
「大したことじゃない。男として当然の務めだ」
どことなく男、という言葉を強調したクロードさまが「朝食の時間だ。ヴァイオレットも食堂で待っている」と言った。
一瞬この家での食事か……と思ったけれど、ヴァイオレットさまがいるのならもしかして普通の食事が食べられるのでは……!? と期待に胸が躍る。
そんな私を見てクロードさまが、少しだけ微笑んだ。
「それを食べたら、すぐに王宮に行くそうだ」
「王宮……あ、お薬を届けてきてくださるんですね」
得心がいって頷くと、クロードさまがちょっと驚いた顔で「何を言う」と言った。
「君も行くんだ」
「……え?」
◇
というわけで、またもや馬車の中だ。
朝食を食べ終えて見たことのない豪華なドレスに身を包んだ私は、ゴトゴトと揺れる感覚に死にそうになっていた。
引きこもりには一生縁がなかっただろう王宮というきらびやかな場所に行く緊張もそうだけれど、それ以上に私は生まれて初めて陥った胃もたれに苦しんでいた。
今日の朝食は品数が多すぎた。生クリームやバターがふんだんに使われた贅沢な食事の数々は、塔の中にいた時の豪華な食事の五十倍は豪華だった。いつか革命を起こされる国王の食事だと思った。
ちなみにジュリアやお義母さまやお父様の食事は、ヴァイオレットさま――つまり私の朝食の後に用意されるのだそうだ。もうこれくらいの掌握ぶりには驚かない。私もたくましくなったものだと思う。
「お前、食べ過ぎなのよ」
遠い目をして窓の外を眺めていた私に、ヴァイオレットさまが呆れたように言った。
「食べたいものだけを少しずつ食べられるようにあの品数なのよ。すべてを食べようとする愚か者がどこにいて?」
「の、残すのはもったいないと思って……」
そう。私は主人が手をつけていない食事は、使用人が食べるものだということを知らなかった。クロードさまが途中で教えてくれたけれど、そのころには私はもう満腹を通り越していて「今日のお昼は少な目でいい……」という気持ちになっていた。
「大丈夫か」
クロードさまが心配そうな目で私を見た。
「馬車を急がせているから振動で余計に辛いだろう。あと少しで王宮につくが……耐えられるか?」
クロードさまが優しい。だけど食べ過ぎを気遣われているなんて、とても恥ずかしい。そう思いつつ、私は頷いた。
ヴァイオレットさま曰く、大公はとても頭が回る人なのだそうだ。だからできるだけ早く先手を打つことが大切なのだと、こうして早朝から王宮に向かっている。
「――もしも伯父さまが犯人ならば。私とお前が入れ替わったことに気付いていても不思議じゃないわ」
ヴァイオレットさまが険しい顔でそう言った。
「あの女狐には昨日釘を刺してしまったし、モーリス……あの神父がお前の元に通っていたのでしょう? あれは伯父さまの子飼い。監視だったのでしょう。……まあ、幸いなことにあの男がまともに監視し、報告ができるのかは怪しいけれど」
伯父さまの前ではまともに振舞うから、あの男の愚かさは知らないはず。
そう言ったヴァイオレットさまにあの神父さまの顔が浮かんで、まともに振舞う神父さま……? と私は首をひねった。
「とはいえ、昨日あの女狐はお前にヨハネスを診させようとしていた。いくらアーバスノットの血をひくお前でも、見破られることはないと油断していたはず。……だから今日、お前のその薬を使って、一気に決着をつけるわ」
誰であろうと報いは受けさせる。そう言ってヴァイオレットさまが、凛々しい顔を見せる。
その表情を見て、私はずっとあった疑問がふつふつと沸いてくるのを感じた。
――もしも。もしも大公が本当に犯人ならば、どうして大公は殿下や、ヴァイオレットさまのお母さまを害したのだろう。
遠い昔に英雄として名を馳せ、その直後に王位継承権を放棄した大公は静かに北の地で暮らしているのだと、クロードさまは言っていた。
一度放棄した王位継承権を、再び手にすることはできない。しかし他の王族すべてが亡くなったら話は別だ。
――例えば、大公が王位の簒奪を狙っていたら。
陛下はもちろん、ヴァイオレットさまも狙われるのではないだろうか。
……だけど。もしも私が大公なら、真実に辿り着けるヴァイオレットさまから狙う、と思う。
大公の考えていることが、全くわからない。それはきっとヴァイオレットさまも同じなのだろう。
凛と背筋を伸ばすヴァイオレットさまの姿が、どこか不安を感じているような気がして。私は胸に抱いた薬を、ぎゅっと握り締めた。