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俺にもできる

 



 お母さまが遺してくださった古文書は、三十冊前後。

 その中からまだ目を通したことがない五冊を取り出す。


 当然のことだけど、古文書に書かれた情報は古い。

 遠い昔から今に至るまで研究は進んでいるし、今もある薬草だって、長い年月をかけて少しずつ変化しているのだ。


 それに何より。古文書に記された薬草は、今は手に入らない植物も多いのだ。


 ああ、この薬草使いたかった……! そういう気持ちがこみあげてくるので、私は今まで古文書は好んで読もうとはしなかった。

 といっても古文書にはすでに失われている薬作りの技術や、貴重な情報というものもたくさんあって、とても面白かったりもするのだけれど。


 そんなことを思いながら、触ればすぐに壊れてしまいそうな古文書を紐解いた。周りの音も聞こえないほどの集中力を、全て文字を読むことに注いで頭の中に入れていく。


 なかなか現れないプラウニとレプランの記述を探して、どれくらい経った時だろうか。


「……あった!」


 見つけた瞬間思わず叫んで、最後の五冊目に書かれたその記述を指で押さえた。


 ヴァイオレットさまとクロードさまが一緒にのぞき込む。二人ともあまり古代語には慣れていないようだったので、私は声に出してその文章を読み始めた。


「――……プラウニと、レプラン。迫害される魔術師を救ったのはその二つの植物であった。ひとたびその植物を体内に入れると魔術師の体内にある魔力は、魔力を持たない人間どころか、同じ魔術師にさえ感知できなくなる。奇妙なことにその二種類の植物は、通常感知できる筈の魔力を花の香りに錯覚させる効果があった。魔力が人によって変わるように、花の香りも人により変わる」


 その言葉から始まる文章には、プラウニとレプランの効能が詳しく書かれていた。


「単体で摂取した場合、通常は一日程度の効果がある。しかしこれを乾燥させ混ぜ合わせたものを摂取すると、その効果はより強く、また五日程度にまで長くなる。この効果を遮断するにはクエルの種が微かな効果を齎すと言い伝えられているが、しかしその効果は充分ではない……。」


 記述はここまでだった。

 ほぼほぼお祖父さまの言う通りの内容だ。

 新しくわかったことは、殿下から漂う百合の香の正体は魔力だということと、人によって香りの種類が変わるということだ。それから。


「錯覚……」


 それから、クエルの種。

 これは頭を覚醒させる効果がある実で、私も眠い時にはよくお世話になっている。煎じた汁を飲むと頭も視界もスッキリとクリアになるのだ。幸いなことに、このオルコット伯爵邸の庭にも生えている。


 プラウニとレプランは、魔力と合わさると人間の感覚器を少しだけ狂わせるのかもしれない。

 方向性がわかったら、あとはそこから色々試していくだけだ。


「庭から薬草を摘んできます!!」


 私はそう言い残して、呆然とする二人を置いて駆け出した。



 ◇



「あああ……疲れた……」


 きりが良いところで集中力が途絶えて、私はずるずると床に座り込んだ。


「もうとっくに深夜だ。……休んだ方が良い」


 クロードさまが心配そうな顔を見せる。確かに気付けば窓の外はどっぷりと暗くなっている。しかしもう少しだけ終わらせたいことがある私は、ヘラッと笑って首を振った。


「大丈夫です……寝てしまえば明日が来てしまいますからね……」

「ソフィア。寝ても寝なくても明日はくる」


 無茶を言った本人はもう寝ている、とクロードさまが眉を寄せた。

 聞くところによるとヴァイオレットさまはもう自室……元ジュリアのお部屋で休んでいるらしい。今更だけれど、三か月ぶりに出獄したというのにヴァイオレットさまは公爵邸に帰らなくて大丈夫なのだろうか。


「もう薬は完成したんだろう?……今日は色々とあった。本当にそろそろ、休んだ方が良い」

「まあ、それはそうなのですけれど……」


 そう、ヴァイオレットさまに言われた薬は完成していた。ちなみに実験体にはクロードさまがなってくれたので効能はバッチリ確認済みだ。


 リリーさまのクッキーを食べ、ヴァイオレットさまが(おそらく)人体に害がないような魔術をかける。ヴァイオレットさまの魔術は百合ではなく薔薇の香りがしたので、確かに記述通り人によって香りは変わるのだろう。


 そこで私の薬を飲んでもらい、何十回か試してようやく、錯覚が消える配合を見つけたのだ。


 ――だけど。錯覚が消えたからと言って、殿下の体が魔術に蝕まれていることには変わりはない。

 なので明日までに、私はもう一つ作っておきたいものがあった。元々調合レシピがあったものなので、クロードさまの治験は必要ない。


「あとは沸騰しないよう見守ってあげるだけなので……大丈夫です。のんびりできます」


 一番気を使う作業は終わったので、あとは見守るだけだ。

 私は鍋の中に入れた金色の液体を見つめる。じっくりと弱火で煮込まなければならないけれど、沸騰してしまえば薬効が消えてしまうのだ。


 私の言葉に、クロードさまがかすかに眉を寄せて「ちなみに」と聞いた。


「あとどれくらい煮るんだ?」

「そうですねえ……あと、五時間ほどでしょうか」


 五時間、とクロードさまが目を見開き、小さくため息を吐いた。

 そうして私の横にどかっと座り、自分の肩を軽く叩く。


「……? あ、肩こりですか? 確か肩こりに効く薬が……」

「違う違う」


 では何が? と思ってクロードさまを見つめると、彼は気恥ずかしそうな困った顔をして「君は休んだ方が良い」と言った。


「沸騰しないように見守る程度なら、俺にもできる。五時間ほど煮たら火からおろせばいいか? 他に何かすることが?」

「あ、いえ。あとは常温で冷まして完成なので、火からおろすだけで……」

「ならば問題ない。……もちろん、俺は君にベッドで眠ってほしいが。君は心配だろう?」


 そう言うクロードさまは、肩を貸すから少し眠った方が良いと言っているのだろうか。

 確かに体は疲れて重いし、だけどここから離れたくはないけれど。


「だけど、眠った方が良いのはクロードさまも一緒なので……」

「俺はこれでも鍛えているし、何も役に立てていないからな」


 そう苦笑するクロードさまが、「君はよく頑張った。……あとは寝るんだ」と言った。

 何も役に立てていないなんて、そんなことはないけれど。そう言われるとつい眠気がさしてくる。正直に言って今日はとても疲れてしまった。


「では……すみません」


 そう言ってクロードさまの肩にもたれる。目を閉じた瞬間に泥のような眠気がやって来た。


「お休み、ソフィア」


 クロードさまの優しい声がする。

 このうつらうつらと眠りに引きこむ瞬間、誰かにそう言われることが懐かしくて。


「お母さまみたい……」


 思わずそう言うと、長い長い沈黙のあとに、「そうか……」と言う声が聞こえた。





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