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狐退治RTA

 



「え……あーばす……」


 聞き間違いであってほしい。

 しかしそんな願いも虚しく、ヴァイオレットさまは頷いた。


「私は、お前の祖父が作ったものだと思っている」

「えっ……」


 聞き間違いではなかった。実感はないけれど、血の繋がったお祖父様が毒を作ったかもしれないと聞いて、顔から血の気が引いていく。


 そんな私にちらりと視線を向けて、ヴァイオレットさまは「その毒は」と淡々と言葉を続けた。


「悪夢、不眠、嘔吐、頭痛、体の痛みに襲われる。医者に見せても原因はわからず、症状を和らげることもできない。そうしている内に精神が荒れ、特定の人物に心酔し、その者の言うことは全て肯定するようになり、極端に食が細くなるけれど、その人物が差し出すものだけは喜んで食べる。そして何より甘い花の香りを漂わせて――命を落とす」


「甘い花の香り……」


 そう言って、私は以前塔で殿下から香った百合の香の違和感を思い出した。


 リリーさまの香水の移り香かと思ったけれど、香りの種類が微かに違っていたのだ。リリーさまの香水よりも、ずっと甘さの強い香がした。


「確かに殿下からは、とても甘い百合の香りがしました。……けれど今日は、あまり香らなかったような」

「確かにそうね。……三ヶ月前の婚約発表の会では、はっきり香ったのだけれど」


 私の言葉にヴァイオレットさまが頷く。

 なんとなくだけれど、ヴァイオレットさまはその婚約発表の会で殿下から香る百合の香で殿下が毒に侵されていると知り、激昂したのだろうと思った。


「……ヴァイオレット。どうしてそんな毒があることを知っている?」


 先ほどから黙って話を聞いていたクロードさまが、そう尋ねた。


「ソフィアが知らない毒物、王宮薬師長の目をも誤魔化す毒の存在を、なぜ君が?」

「……詳しいことは、お前たちに話す必要を感じないのだけれど。そうね」


 ヴァイオレットさまが答えた。


「あの症状は毒よりも魔術と言った方が説明がつく。けれど魔術をかけられたなら必ず残るはずの魔力の残滓が感じられない。ならば考えられるのは毒物。――そう思ったのよ」


 これ以上は語らない、とヴァイオレットさまの瞳が言っていた。私も色々疑問に思うことはあるけれど、多分聞いても答えてはくれないのだろう。


 そしてヴァイオレットさまが、軽やかに驚くようなことを言った。



「さあ、今からアーバスノットの元へ行くわよ。身の程知らずな女狐ごと、不穏な芽を摘んでやるわ」



 ◇




 と言うわけで、馬車の中だ。


 なんという一日なのだろうか。


 出獄してからまだ三時間も経ってないけれど、いろんなことがあった。


 恥知らず悪女の噂が本当になっていたり、生家が破産しそうになっていたり、社交界デビューとなる舞踏会が開かれて、かつその舞踏会の滞在時間は主役にも拘わらず五分だったり。


 ヴァイオレットさまが怖かったり、リリーさまとヴァイオレットさまの勝負が怖かったり、太ったことがバレたり、実の祖父がとんでもない極悪人かもしれなかったり。


 ――記憶の中のお母さまは、とても優しい。そのお母さまのお父さまがひどい人だったら、とても悲しい。


 ヴァイオレットさまは「アーバスノットが悪意をもって作ったとは限らない」と言っているけれど……一体、どのような用途で作ったものなのだろう。


「これを見なさい」


 私がそんなことを思っていると、ヴァイオレットさまがそう言った。


 視線を向けると、ヴァイオレットさまは小さな袋を持っていた。

 ヴァイオレットさまが中を開けると、中には美味しそうな焼き色をつけたクッキーがたくさん入っている。


 このタイミングでおやつとは、ヴァイオレットさまもなかなかの食いしん坊……と、驚きつつも親しみを覚えていると、それまで何かを考えているようだったクロードさまが何とも言えない顔で「ヴァイオレット」と名前を呼んだ。


「どうやって手に入れたんだ。まさか、盗……」

「この私を盗人扱いするなんて、良い度胸ね。秘密裏に証拠品を押収しただけよ」


 そう言いながら私に小袋を渡し「お前にあげるわ。アーバスノットに見せるのよ」と言った。間違いなく、リリーさまが殿下に差し上げているというクッキーなのだろう。


「もしかしたらお前に毒の解析を頼まなければならないかもしれないから、好きになさい。けれど注意することね。この事件が解決するまでは、倒れたり命を落とさないように」

「あ、ありがとうございます……」


 お礼を言って、小袋から一枚のクッキーを取り出す。見た目には何の異常もなく、匂いを嗅いでも、違和感はない。


 一口、かじってみた。

 バター、小麦、シナモン、砂糖、それから……。


 何が入っているのかを舌で判断していると、前と横から鋭い声が飛んできた。


「お前、馬鹿なの!?」

「ソフィア!?」


 二人から瞬時に叱られて、味わっていたそれを思わず飲み込んでしまう。ごくりと飲み込んだ私に横のクロードさまが青い顔をし、私の手から食べかけのクッキーと小袋を取り上げた。


「いくらお腹が空いていても、毒物の危険性があるものを食べてはダメだろう!」

「ええっ、いえ、お腹が空いていたわけでは!」


私の人物像が、クロードさまの中でひどいことになっている。慌てて手を振りながら弁解した。


「薬師は自分の五感で判断するのが基本です! あらゆる毒物の耐性もつけてますし、舌で感じて初めてわかることも多く……!」


 少量だし、毒見係が食べても問題なかったとのことだし。

 私がそう言うと、クロードさまは更に怖い顔をして「君という人は……」と低い声を出す。


 それからアーバスノット侯爵家につくまでの間、『体を労ることの大切さ』を懇々と諭され。


 ヴァイオレットさまからは、変態を見るような目を向けられたのだった。






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