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思ったよりも、有能な

 


「まあ、仕方ないわね。時間が惜しいわ」


 ヴァイオレットさまがため息を吐きながら、恐ろしいほどに眩い金色の長椅子に座った。長い足を組む姿は優雅で、そして尊大だ。


「まず先に、お前たちからこの三ヶ月を説明してもらうわ。クロード、さすがにお前はヨハネスの体調の悪さを知っているわよね?」

「……ああ」


 クロードさまは盛大に眉根を寄せながらも、頷いた。


「悪夢による不眠、それと食欲不振――と言ってもレッドグライブ伯爵令嬢の作る菓子は召し上がっているが――、他には頭痛や嘔吐、体中の痛みがあるようだ。と言っても殿下はご自身の体調の悪さについて公言なさるお方ではないから、他の症状もあるかもしれない。……裏を返せば、口にしてしまうほどに体調が悪い、とも言える」

「まあ、そうでしょうね」

「しかし、ソフィアの調合レシピを元に作ったミルクを差し上げたところ、症状は……わずかにだが、緩和されたようだ」

「え?」


 クロードさまの言葉に、ヴァイオレットさまが私に驚きの目を向ける。そのままぱちぱちと瞬きをした後、クロードさまにかすかな疑いの目を向けた。


「……その疑いの目は心外だが、俺は剣に誓って殿下の体調を自ら漏らしたことはない。……彼女が塔の視察に来た殿下の体調を見抜き、よく眠れる効果のあるミルクを差し上げて欲しいと言ってくれた。それが、不眠以外の症状にも効いたらしい」

「まあ」


 ヴァイオレットさまが、また私に驚きの目を向ける。


「お前……思ったよりも、有能な変態なのね」

「えっ!!??」


 変態……変態!? どのあたりに変態要素が……!?


 衝撃的な罵りに私が大きなショックを受けていると、ヴァイオレットさまが「褒めているのよ」と眉を上げた。

 褒め方が斬新すぎるような気がする。一体どんな心理から出た褒め言葉なんだろう……。


 腑に落ちない気持ちを抱えつつも、そういえば、と思い返す。変態という言葉には、姿形が変わったことを表す意味もあるのだ。太ったことを示唆しているのかもしれない。


「あの……そこは本当に、申し訳ないと思っていまして……」

「……? まあいいわ、なるほど。だからヨハネスは思ったよりも元気だったのね。てっきり私は、寝たきり一歩手前か、命も危ない頃だと思っていたのだけれど」


 さらりと衝撃的な言葉を吐いて、ヴァイオレットさまが私に柔らかな紫色の目を向けた。


「そう。お前が食い止めたのね」


 思わず息を呑んだ。


 ヴァイオレットさまが私を見る目は悔しがっているようにも、心から安堵したようにも、怒っているようにも。それから何より、悲しんでいるようにも見えたから。



 ◇


 さっきの眼差しは気のせいだったのかもしれない。クロードさまが「どういうことだ?」と顔を強張らせて説明を求めた瞬間、ヴァイオレットさまはさっきまでのように支配者然とした表情に戻っていた。


「端的に言うわ。あの女はヨハネスに、おそらくは何らかの精神作用のある――死に至る薬を盛っている」

「精神作用のある、死に至る薬……?」


 殿下の症状を思い出す。体調不良や、曇った瞳。それから、どこか短気になられたのだと。

 それから殿下の症状によく効いた、トネリコとホワイトセージの効能や副作用、共通点を頭の中で組み立てる。


 トネリコやホワイトセージに、解毒といった作用はない。

 けれども、何か特定の毒物限定だったら。組み合わせ次第でそんな効能を発揮することは……少なくとも、私は知らない。


 今まで読んだ本は、全て頭の中に入っている。

 しかしいくら頭の中の毒物と照らし合わせても、殿下の症状と合致する、精神作用のある死に至る薬など、全く思いつかなかった。


 焦りながら考えているときに、クロードさまの低い落ち着いた声が響いた。


「……殿下の食事、飲み物、レッドグライブ伯爵令嬢の作る菓子。それから彼女のつけた香水まで、全てに毒性がないことは王宮薬師長を始めとする薬師が確認している。診察の結果、殿下が毒に侵された兆候がないとも。また複数の毒見係が、殿下と同じような状況下に置くため、殿下と同じものを食べ、飲み、嗅いでいる。……異常なしだ」


 そう。それもわからないのだ。毒味係には何の異常もない毒、というのが。


「そんな状況下で殿下が毒に侵されていると、君は断言するんだな」

「そうよ」


 ヴァイオレットさまが「王宮薬師長。――あれは気が小さいけれど、腕は確か。それに真面目な人間よね」


 薬師長が不正をしたとも考えていないわ、とヴァイオレットさまが言った。


「王宮薬師長の目をも誤魔化す薬を、今度はあの女狐が盛っている」


 少し引っかかりのある言葉を使いながら、ヴァイオレットさまが真っ直ぐに私を見据えた。


「――王宮の腕利きの薬師が、どんなことをしても見破れない。そんな薬を作れるのは、アーバスノット家の人間以外に考えられない」





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