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蛇とマングース、挟まれた蛙

 




 ヴァイオレットさまの圧に即座に屈した私は、リリーさまと庭園でお話をすることにした。


 この場所はホールのテラスから見下ろせる。殿下や、最後まで強く反対していたクロードさまの視線を痛いほどに感じつつも、私とリリーさまは庭園の長椅子に腰掛けた。


「こうして二人でお話しさせて頂くのは初めてですので、大変光栄に存じます」


 リリーさまがふわりと微笑む。しかし目の奥には何かを探るような色が宿っている。柔らかい表情とは裏腹に、警戒されているようだった。当然のことだと思う。


 クロードさまは、リリーさまをそれとなく疑い警戒しているようだけれど……草花をくれる人に、悪い人はきっと少ない。王都から遠く離れた西の方の出身らしいリリーさまは、ヴァイオレットさまのお花嫌いを知らなかったのではないだろうか。


 大体王太子殿下の婚約者であるリリーさまは、いずれ王妃となるはずで。そんな彼女が殿下に毒を盛るなんて、全く得がない。思考をぼんやりとさせて良い方向へ操る……そういう毒物もあるにはあるけれど、盛られた相手は誰が見ても廃人になってしまう。


 先程の殿下の曇った目は気になるけれど……だけど違うと、断言する他ない。

 そんなことを思っていると、リリーさまが口を開いた。



「実は私、ヴァイオレットさまにはずっと昔に、お声をかけて頂いたことがあるんですのよ。もう覚えてはいらっしゃらないでしょうけれど……私たちが十四歳……デビュタントの時に」

「デビュタント……」


 もちろん覚えていないどころか記憶がない。曖昧な表情で復唱する私に、リリーさまが目を細めて「やはり覚えていらっしゃらないですわよね」と頷いた。


「私、一言一句覚えていますわ。『お前たちがどう着飾ろうと、この私にとっては飛ぶ羽虫程度の意味しかないわ』……ヴァイオレットさまはそう仰いました」

「え」


 十四歳。おしゃれをして社交界に臨んだ先で、そんなことを言われるなんて。

 ひどすぎる言葉に私が絶句すると、リリーさまはまた微笑んで「一生忘れないと思いますわ」と言った。


「ああ、これが生まれながらに上に立つ方の姿なのだと。私のような者は……一生あなたのような人の影として生きていくしかないのだと、思い知らされた瞬間でしたから」


 申し訳なさすぎて、居た堪れなさすぎて今すぐ土下座をしたい。


 どちらかと言えば私もヴァイオレットさまの影のその影として生きていくにふさわしい引きこもりなので、『私から見たらリリーさまは充分光なのですよ!』と励ますことができたら、どんなにいいだろうか。


 そう私が頭を抱えたくなっていると、微笑を浮かべたままのリリーさまが口を開いた。


「――……てっきり、出獄されたら無駄な足掻きをなさるかと思っていました。何もなさらずこうして呑気に舞踏会に来られたということは、覚悟を決められたということですか? それとも、あのアーバスノットの血を引く娘に殿下を診せようと?」


 リリーさまが「残念ですが、無駄ですわ」と微笑む。


 その言葉に、思わずひゅっと息を呑んだ。

 何を言っているのか、よくわからないけれど。……これは、彼女が殿下に毒を盛っていると。そう言っているのだろうか。


 それに気づいたから、ヴァイオレットさまは怒り狂ったのだろうか。


 急激に冷えていく自分の手先をぎゅっと握って、私は「どうして、毒を、」と呟いた。



 その途端、微笑んでいた目の前のリリーさまから急に表情が抜け落ちる。

 と形の良い唇が、嘘でしょう、と、小さく動くのが見えた。


「―――……投獄如きで日和見を決め込んだあなたに、これが本当にヴァイオレット・エルフォードなのかとさえ思ったけれど。……まさかあの花の真意にさえ気づかないなんて」


 そう静かに言いながら、リリーさまはひどく失望しているように見えた。


「それとも、今は分が悪いと気づいて何かを企んでいるの? そんなことをしても絶対に無駄よ。殿下はもう私の手の中にいる。あの時我を忘れた時点で、あなたは負けた」




「――まあ。随分と面白い話をしていらっしゃるのね」


 涼やかな声が響いて、私とリリーさまは驚いて声のする方を見る。

 紫色の瞳を細めて、嫌な笑みを浮かべているヴァイオレットさまがいた。


「よかったら私にも聞かせてくださいませんか? ヴァイオレット・エルフォード公爵令嬢。それから……リリー・レッドグライブ伯爵令嬢」


 ちろりと、ヴァイオレットさまがリリーさまを見る。対するリリーさまは一瞬焦りの表情を浮かべたけれど、すぐにいつものたおやかな笑みを浮かべた。


 声のトーンや距離から考えて、おそらくおおよその内容は聞こえていないと判断したのだろう。

 もしくは聖女とまで呼ばれる心優しいリリーさまと、引きこもりで浪費家の悪女であるソフィア・オルコットの話となら、間違いなくみんな自分の方を信じるだろう、と判断したのかもしれない。悲しいけれど、その通りすぎて何も言えない。


「このたびは社交界デビュー、おめでとうございます。ソフィア・オルコット様」

「ありがとうございます。まさか、王太子殿下の婚約者にお越し頂けるとは思いませんでしたわ」


 そう言いながらも、ヴァイオレットさまは獲物を狙う蛇のような瞳でリリーさまを見定める。リリーさまは全く動じず、まるで蛇に立ち向かうマングースのような眼差しを、ヴァイオレットさまに真っ直ぐに向けた。


 その間にいる私はといえば、あまりの急展開についていけないまま。とりあえず、天敵二匹の間に挟まれたカエルのように、息をひそめて気配を殺し、耳をそばだてていた。


「面白い話をしていましたのね。殿下に対して、大変不穏な言葉が聞こえてきましたが」

「まあ、何か勘違いをなさっているようですわね。お恥ずかしながら、他愛もない惚気話をさせて頂いておりましたのよ」

「そうでしたか。まさかどこかの女狐が、殿下に良からぬものを盛ったのかと……」


 ヴァイオレットさまのこの発言に、さすがのリリーさまも不快そうに眉をひそめる。しかしすぐに表情を元に戻して「もしご心配と仰るのなら」と微笑んだ。


「最近殿下はお疲れが溜まっているようです。アーバスノット侯爵は大変お忙しいようなので……アーバスノットの血を引くソフィア様に一度診て頂きたいのです。殿下に進言致しますから、よろしければ一度診察して頂けませんか?」


 リリーさまの言葉に、ヴァイオレットさまは微かに眉を上げて――ふふふ、と笑った。その様子を見たリリーさまが、警戒し、訝しげに眉を上げる。


 そんなリリーさまに向ける目を細めながら、ヴァイオレットさまが口を開いた。


「日々怪しげな毒薬を作るという噂のアーバスノットの娘に診察をさせ、毒ではないとお墨付きを得る―――ふふ、なるほど。随分と自信があるのね」


 そう言いながらヴァイオレットさまが、一歩ずつゆっくりとリリーさまに近づく。困ったような微笑みは崩していないが、リリーさまは急に態度が変わったヴァイオレットさまに、驚愕と恐怖を覚えているようだった。


「お前に一つ忠告をしてあげるわ。今のうちに悔いがないよう人生を楽しんでおきなさい」


 リリーさまの目の前にきたヴァイオレットさまが、彼女を見下したように見据え、嗤った。


「一月後、お前の体とその首が、繋がっている保証などないのだから」





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