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どちらにせよあなたの負けだわ

前半リリー視点です。

 


 すっかり慣れてしまった王宮の回廊を歩きながら、リリー・レッドグライヴは失望と焦燥に駆られていた。



 ◇



「殿下、おはようございます」

「おはよう、リリー」


 婚約者となったヨハネスが「今日も君は綺麗だ」と、リリーに蜂蜜のような甘い表情を見せる。


 ――なんて、愚かな男なのだろう。


 そう思いながらリリーは、「もう」と恥じらう少女の振りで目を伏せる。

 婚約者の言葉に照れる、無垢な少女のように見えるだろうが、実際のリリーはうまくいかない現状に苛立っていた。


(……いいえ、大丈夫。殿下は私を全く疑っていないし、婚約も認められている。うまくいってるはず)


 当初危惧していた通りにやはり耐性があるのか、()()()の効果がやや薄れていることは心配だが――効果は生きている。その証拠に、リリーへの寵愛ぶりは衰えてはいない。


 そう。耐性など無意味なくらい、食べさせれば良いのだ。

 焦りを振り払い、リリーはヨハネスに微笑を向けた。


「今日のお菓子は殿下がお好きなものにしましたわ」


 そう言って、小袋を差し出す。ヨハネスが好んで食べる、オレンジの皮を練り込んだクッキーだ。

 既に控えていた毒見役が一枚食べては何の問題もないと言うと、ヨハネスは全く疑っていないような顔でそのクッキーを一口食べ、リリーも同じように一枚食べた。


 爽やかな柑橘の香りが広がると同時に、微かに百合の香が香る。


「うん、美味い」

「よかったですわ。さあ、どうぞもっと召し上がってくださいね。最近体調がよろしいようで、私は嬉しいです」

「心配かけてすまなかったな。クロードが手配するミルクが良く効いて、多少体の調子は良い」

「……まあ。クロード様には感謝しなければなりませんわね」


 にっこり微笑みながら、ヨハネスの騎士であるクロードを疎んだ。ヨハネスのお菓子の効果が弱くなってきているのは、おそらくそのミルクのせいだろう。


 無駄な足掻きだ。余計なことを、と内心で苛立つ。


(……元々、少し警戒した方が良い男だとは思っていたけれど)


 彼はリリーのことを信用してない節がある。特にこの一月半では、リリーが呼んだ毒見役をそれとなく他の者に替えたり、リリーの身辺を詳しく調べさせたりもしているようだった。無駄な努力である。


(疑いに繋がるような怪しいことは何も出てこないもの。好きなだけ調べたら良いわ)


 高位貴族の末端でありながら、貧しい領地しか持たない伯爵家の出身。

 本来王妃となるにはかなり不利だったが、悪女ヴァイオレットと正反対の『清貧を尊ぶ聖女のような清らかな女性』として振る舞ったリリーを、誰もが王妃に相応しい高潔な人間だと評するだろう。


 何なら、菓子も詳しく調べたら良い。だってこれは毒ではないのだ。ヨハネスを……いや、もう一人を除き、何ら人体に害があるものではない。


 だから例えどんな人間が診たとしても、これを『毒』と断定することは無理だろう。

 そう捉えるのは、ヴァイオレット・エルフォードくらいではないだろうか。


 彼女が塔から出てきたとき。一体彼女は何を言うのだろう。


(……けれど。あの悪女が何を言おうと、所詮は投獄までされた悪女と清貧を尊ぶ未来の王妃。皆が私の方を信じるはず。……警戒して損をしたわ。あのヴァイオレット・エルフォードが、これほど勝負にならないとは思わなかった)


 塔の中での彼女は投獄が堪えたのか、傲慢さも威圧感もすっかりなりを潜めていた。人はここまで変わるのかと軽い恐怖すら感じたが――、しかしあの場所にいても尚、謝罪もせずリリーやヨハネスの目を真っ直ぐ見ていたことを思い返すと、やはり根は図太いのだろう。


(……だけど、どちらにせよあなたの負けだわ)


 ヨハネスはもう、リリーの手中にある。




 ◇




「ううっ、苦しい……」


 慣れないきつすぎるドレスに思わず弱音を吐くと、私の身だしなみを整えてくれた侍女が即座に土下座の体勢に入ろうとしたのですぐに止める。


 最近、私の土下座を止める動きは俊敏だ。この調子で精進したら、もしやいずれは音の速さを超えてしまうのではないだろうか、と少しだけ誇らしい。


「ももも申し訳ありませんヴァイオレット様すぐに調整を、あ、いえ、すぐに代わりのドレスを……!」

「だだだ大丈夫! 大丈夫! ぴったりだし気に入っちゃったな!」


 ガタガタと震え始める侍女を焦りながらフォローする。この侍女は怖いだろうに、一人でドレスが着られない私のお手伝いを頼まれてしまった不運な侍女なのだ。


 来月開かれるオルコット伯爵邸での地獄の舞踏会のために、今日公爵邸から派手派手しい真っ赤なドレスが届いた。

 今までドレスなんて着たこともない私だ。事前に一度着てみて、どれくらい時間がかかるものなのかを試してみた方が良いと思い、こうして着てみたのだけれど……。


 私は、鏡の中の自分ヴァイオレットさまを眺める。


 ――うん。ものすごく美人だし、相変わらずスタイルが良い。細いのに、出るべきところが豊かである。一体何を食べたらこんな体型になるのだろうか。


 しかし。


 きつい。

 主にウエストのあたりが、死ぬほど苦しい。

 ヴァイオレットさまの使っているコルセットは締め付けがあまり強くない特注品なのだそうだ。元々ウエストが驚くほど細いせいなのだろう。


 なのでもちろんヴァイオレットさまのドレスも、ウエストがびっくりするほど細い仕様で作られている。


 そんな服を、二ヶ月の間引きこもり、三食の他にばっちり甘いものを食べた私が着たのだ。入っただけでも奇跡かもしれない。


 これ……元に戻ったら、ヴァイオレットさまに怒られたりしないかな……。


 私の頭の中の大悪女ヴァイオレットさまが、烈火の如く怒り狂って家を焼く。そんな想像までしてしまって、流石にそれは……と首を振る。


 幸いにもあと一月あるのだ。ダイエットをして元に戻せば大丈夫……と自分を奮い立たせた瞬間、クロードさまが今日のおやつは『ドラヤキ』と言う東の国のお菓子と言っていたことを思い出す。


 早くも惨敗に終わりそうな一月後の自分の姿が思い浮かんで、私はとりあえず(薬作りの間は足踏みでもしようかな……)と思った。









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