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『君の』功績だ

 



 月日が経つのは早いもので、私が投獄されてから二ヶ月が経った。


 結局、私はあれから一度も殿下と会えていない。

 クロードさまを介して分量や配合を変えたミルクを差し上げて、その様子を聞いては何かの病気なのか、何かしらの毒なのかを推測するという、到底無謀な診察もどきを行っている。


 ちなみにミルクは、クロードさまのおばあさまの知恵袋ということにしているらしい。とても物知りな方らしく、今は遠方の領地で暮らしているのだとか。


 というわけでこの二ヶ月、差し上げてきたミルクとクロードさまの話から察するに、トネリコやホワイトセージなどが殿下の症状にはよく効くようだった。


 特に解毒作用などがあるわけではないこの薬草で楽になるとは、一体原因が何なのかがわからない。


 殿下の症状とこの薬草の効能がどうしてもそぐわず、私は自分の力不足を痛感していた。




「それでも君のミルクを飲んでから、殿下の体調は随分よくなっている」

「そうでしょうか……」


 今日もおやつを持ってきてくれたクロードさまが、そんな私に慰めの言葉をかける。


 いちごのゼリーのつるんとした清涼な美味しさに舌鼓を打ちつつ、私はほんの少しだけ落ち込んで答えた。落ち込んでいる時にも美味しいのだから、本当に甘味というものはすごいと思う。


「王宮薬師長でもできなかった症状の緩和を、君はできたんだ。素晴らしい手柄だと思う」

「いえ、元々不眠に効けば良いとご提案しただけなので……怪我の功名みたいなものなので、お手柄というようなことでもない気がします」


 私がそう言うとクロードさまは少し眉をひそめて、「前から思っていたのだが」と不満そうな声を出す。


「君は自分が成し遂げたことについて無頓着すぎる。もう少し自分の成果を、まっすぐにありのまま認めるべきだ」


 ドノヴァンのこともそうじゃないか、とクロードさまが渋い顔をする。


「君は礼を言うニールに『ニールさまがすぐに動いたから』だと言ったが、確かに君の言葉を聞いてすぐに行動に移したニールは偉い。だが、君の助言がなければそもそもその行動はできなかった」

「え? でも、あれは食養生に詳しい方が見たら、私でなくてもすぐにわかったと思います」

「しかし実際に助言をしたのは、君だ」


 クロードさまがそう真っ直ぐに私を見るので、少し困ってしまった。


 私はただ自分が知っていたことを話しただけで、実際にドノヴァンの民を救ったのはニールさまだし、殿下の症状が和らいだのも、偶然差し出したミルクが少し効いただけだ。

 こういう些細な偶然を、自分のお手柄と言うのは居心地が悪い。


 そんな私の気持ちが伝わったのか、クロードさまはますます眉を寄せている。少し居た堪れなくなりつつゼリーを食べる私に、ため息を吐きながら「それに」とクロードさまは言った。


「何より君は、あのカプセルを作り上げた。――まさか二ヶ月足らずで作り上げるとは、本当に驚いた」

「! 本当によかったです、あれは材料を手配してくださったクロードさまのおか――」

「『君の』功績だな」

「……ハイ」


 思わずお礼を言おうとした私に、クロードさまが圧のある笑顔を向けるので思わずカタコトになって頷く。確かにこれに関しては私は頑張ったと思うけれど、さすがにクロードさまがいなければ作ることができなかった。


 それくらい、色々な材料で試行錯誤を繰り返したのだ。


 机の上に置いている小さな小瓶を見る。中には深い碧色が透ける艶めく小さなカプセルと、鮮やかな赤紫色のカプセルが何粒も入っていた。


 この碧色は、ニガニガの濃縮した煮詰め液を入れたもの。赤紫色はイダテンを乾燥させ粉状にしたものが入っている。


 入れ物となるカプセル自体は割合すぐにできたものの、この中身を作り上げることに――本当に、苦労した。



 まずニガニガの濃縮液は、カプセルに中身を詰めるのがとても難しい。


 煮詰め液は熱いとカプセルを溶かしてしまうし、冷ますと鍋底に張り付いてうまくカプセルに入れられない。


 なのでそれを固まらせないために、抗凝固剤といえばいいのだろうか、それを作り出した。柑橘やニオンの実を使って何度も試行錯誤を繰り返し、とても骨が折れたけれど、何とか成功できた。


 同じく、イダテンにも苦戦した。


 完全に乾燥させたものをカプセルに入れると、やや腐敗が遅くなる。けれどそれでも一週間程度と足が早かったので、強い効果のある防腐剤を作りだすことが大変だった。


 最終的にナンディナの煎じ液にイダテンを三日浸し、そこから完全に乾かして粉にしたあと、シナモンやパリラの粉末と混ぜ合わせ、カプセルに入れて空気に触れないようにする。それで少なくとも三週間は保つことがわかった。



 あの苦労がまざまざと蘇ってきて、できてよかったなあ……と嬉しさを噛み締めていると、クロードさまが優しい顔で口を開いた。


「これがあれば、ドノヴァンの民も……いや、他の人たちもあの病気にかからずにすむのだろう」

「はい。白いパンは美味しいので、これで心置きなく毎食たくさん食べられますね……!」


 もちろん、実際に栄養価のある食べ物を直接食べることの方が大切だとは思うけれど。

 しかし、と思う。


「痩せた土地に住む方々はどうしても栄養状態が悪く、病気にかかりやすいですから。こういうもので少しでも栄養を摂って、健康でいられたらいいなと思います」


 遠い東の方の国に、医食同源という言葉や、食は未病を防ぐという考え方があるらしい。病気にはなっていないものの、そうなりつつある状態……少し不健康な体は、食事で改善ができるのだ。


「既にかかった病気を治すことも大切ですが、そもそも病気にならないことも同じくらい素敵なことですよね」


 そのためにも、もしも時間があったら肌や髪を強くする食材、骨や歯を強くする食材、心臓、肝臓、膵臓、そう言った箇所が整う効果のあるものなどを試したかったけれど……如何せん、時間がないかもしれない。


 それでもできるところまでは試してみようと、闘志に燃えてクロードさまに「また薬草の手配をお願いすると思うのですが……」と若干気が引けつつも伝えると、クロードさまは少し呆れたように笑って、頷いた。


「わかった。手配しよう。くれぐれもほどほどに」

「ありがとうございます……!」


 ホッとしてお礼を言うと、彼は「薬草がなければ薬は作れないのだから。用意するのは当然だ」と言った。


「それと同時に君がいなければ、このカプセルは作れなかった」

「……そう、でしょうか」


 手元のカプセルをもう一度眺める。日を浴びて碧や赤紫の影が机に差している。

 クロードさまに助けてもらったことには変わらないけれど。


「確かに、これは私のお手柄かもしれません」


 私が小さな声でそう言うと、クロードさまは目を細めて「そうだな」と少し笑った。




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