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感謝すべきことではないと思う

 


 まさかニールさま。あなたまで。


「な、な、な、何がッ……!? どうしたんですか!?」


 不意打ちで跪かれてまたもや挙動不審になる私に、ニールさまは跪いたまま口を開いた。


「ヴァイオレット様の言う通りに、東の国の病気や食養生に詳しい医師に診てもらったところ――、あなたの見立て通りでした。若者の間で流行していた白いパンから黒いパンを食べるように推進し、病人に豚肉や雑穀を贈ったところみるみる良くなって……本当にありがとうございます。あなたは我がドノヴァンの民の恩人だ」


「! 回復されましたか! それはよかったです……!」


 ニールさまの言葉を受けて私は胸を撫で下ろした。ずっと彼の領地のことが気になっていたのだ。

 

 それにしてもすごいのは、ニールさまだ。

 何といってもヴァイオレットさまの体に入った私の言葉を信じて、東の国の病気や食養生に詳しいお医者様をすぐに手配するなんて。疑う気持ちも大きかったろうに、それほど領民に対して心配する気持ちが強かったのだろう。


「本当に、あなたにはもう頭が上がりません」


 説得してようやく立ち上がった彼の言葉に「ニールさまがすぐに動いたからですよ」と言うと、彼は少し驚いた顔をして、少し笑った。


「……この先、この塔から出たあなたが元の場所に戻っても。ドノヴァンの民はあなたに感謝を忘れないでしょう」


 そう言うニールさまが綺麗な顔で笑う。本当に心から言ってくれるような言葉に、心がほんのり温かくなった。

 クロードさまに続いて、二人。本当に仲良くしてくれる人が現れた。


 これなら、きっと料理長とも仲良くなれるはず……!

 その後そんな気持ちで厨房に行ったところ、料理長のことは怯えさせてしまったけれど。




 ◇



 クロードさまに入れ替わりを知られて薬作りに没頭するようになってから、変わったことがもう一つある。


「ヴァイオレット様……! 最近はほんの微かにいつもの調子を戻されたようで……!」


 私に教義を教えてくださる神父さまの反応だ。


 入れ替わりのことは、私とクロードさまだけの秘密にしよう。少なくとも、外部には絶対に漏らさないように。


 そう決めた私とクロードさまは、外部と行き来できる人の前では極力ヴァイオレットさまらしく振る舞うことにした。


 ちなみにこの塔にいる使用人や騎士さまは、役職のあるクロードさまやニールさまを除き全員、私が投獄されている三ヶ月間はこの塔からの外出や外部の人との接触を禁じられているらしい。

 昔この塔に閉じ込められた貴人たちがよく暗殺された故にできた決まり事らしく、その分とっても高いお給料が保証されるのだという。


 なので毎日大聖堂という教会からやってくる神父さまにも、極力ヴァイオレットさまらしく振る舞うようにした。

 とは言っても一人称を「この私」、相手を呼ぶ時は「お前」にするだけでも心にダメージを負うので、もっぱら無口になってしまっている。


 しかしながらこれは、ヴァイオレットさまらしい態度だったようだ。


「ヴァイオレット様は普段私に対してご用事がある時にしか口を開いてくださいませんからね。なので先日、ある貴族の家に祝福を授けにいけと言われた時は嬉しくて……。それはもう念入りに執拗に、祝福をかけさせていただきました」


 そうにこにこ笑う彼に、思わずほろりとくる。


「それに最近では以前のように私のお話もあまり聞いてくださってはいないようですし……本当に安心致しました。この塔に来られてからのヴァイオレット様は大変様子がおかしかったので……大公も塔にいるヴァイオレット様を心から心配なさっていましたが、私、本当のことは言えませんでした」


 端正な顔に心からの笑顔を浮かべてそう話す彼に、良心が咎めるような、「それは良かった……!」と言いたくなるような、とても微妙な気持ちになる。確かに最近の私は、神父さまのお話を完全に上の空で聞いていた。


 元々は楽しく神父さまのお話を聞いていた私だけれど、二ヶ月半という制限がある今、私の頭の中は申し訳ないことに薬のことでいっぱいで。


 今日も神父さまのお話を聞きながらついうっかりと、窓辺に咲く赤いナンディナの実を見ては(温めると解毒作用も、腐りにくくする効果もあるならこれは殿下にもカプセルにもどちらにも使えるのでは……)と考えこんでしまっていた。


 何なら早く試したくてうずうずして、ハッと我に返り申し訳ないことを……と反省していたところだったのだけれど。


「それがヴァイオレット様ですよね」と、神父さまは慈愛に満ちた良い笑顔で言いながら、スイッチが入ってしまったようで滔々とヴァイオレットさまへの愛を語り始めた。ものすごく長く。


「人より少しばかり頭脳が良いと驕り昂っていた私が取るに足りない虫けら風情に過ぎなかったと教えて頂いたのは今から十年前のことでしょうか。大聖堂に入れたと私を拾ってくださった大公にお礼を申し上げに行った時のことでしたね。その時大公と仲睦まじく魔術の修行をなさっていたヴァイオレット様は八歳にして溢れる王者の貫禄を持ち、強い魔力を保有する証である紫の瞳には誇りと威厳が兼ね揃えられ……。しかしながら驕りで目が曇っていた愚かな私にはそれを理解することができず、不遜にもお二人の修行中に話しかけてしまい……大変憤られたヴァイオレット様に、自分の何たるかを教えて頂きました。感謝しています」


 詳しくはわからないけれど、感謝すべきことではない気がする。

 大切な思い出を反芻するように、ゆっくりと話す神父さまに内心どうしようかと途方に暮れた。


「それまで大公閣下と神にのみ忠誠を捧げた私でしたが、あれ以来私はすっかりお二人に心酔しております。圧倒的な力を恐れてしまう愚かな人類にとって昔は恐怖の対象でしかなかった魔術師が今こうして万人に憧れられているのは戦争で誰一人傷つけずに勝利した大公の偉業と度量の成せる技であり、それに勝るとも劣らない魔力を王位継承権を持つヴァイオレットさまが持っているのは完全なる神の思し召しだと私は思うのです。ですから私はヴァイオレット様がこの塔にいるのは許しがたく、なぜならヴァイオレット様の言うことは絶対的に正しいのであってそれを裁ける人間というのはこの世には存在せず、いやもはや神ですらもあなた様の行動を裁くということは……」

「お、お黙りなさい!」

「……申し訳ありませんでした!」


 完全に不敬を超えた言葉に慌てて止めると、神父さまはすぐに口をつぐんで土下座の体勢に入りかける。予期していたそれを既のところで止められた自分を内心で褒めながら、私は神父さまに「塔の中にいる間、この私の話は全部禁止で……よ」と言った。





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