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薬作りは一日十時間まで

 



「ねえ、ヴァイオレット・エルフォード公爵令嬢が、目を輝かせて料理長を見つめてるよ」

「まあ、そんなこともあるだろう」

「ヴァイオレット様が素晴らしい方だと僕たちは知ってるけどさ……料理長、飢えた蛇に睨まれた蛙みたいになってるよ。……助けてあげなよ」


 ようやく対面できた料理長を目にする私の後ろで、クロードさまとニールさまがひそひそ話す声が聞こえる。対する料理長は確かに顔が少々青ざめていて、冷や汗をかいているようだ。


 『心を入れ替えたのでぜひとも料理をしているお姿を拝見したく……』という内容を、お詫びと日々の食事のお礼と邪魔にならないように隅で控えておく旨をびっちりと手紙に書きあげ事前に料理長に送っていたのに、いまいち気持ちが伝わっていないらしい。


「い、いつも美味しいお食事をありがとうございます! こんなに美味しい食事を作る方はどんな方なのだろうと、一度お顔を拝見してみたくて……」

「ヒイイッ」


 私の言葉に料理長が悲鳴をあげる。見兼ねたクロードさまとニールさまが間に入り、怖がっている料理長に色々と話しかけている。

 申し訳なさすぎて、やっぱり部屋の中でおとなしくしているべきだった……と反省した。


 ◇



 本来この塔の自室からは出られないはずの私がこうして出歩いているのは、クロードさまの気遣いだ。


 二ヶ月半が過ぎるまで、もしくは殿下の体調問題が解決するまでこの塔に残ることに決めた私は、当初は意気揚々と薬作りに精を出していた。


 食事だけはきちんと毎食頂いていたし、自分では気力体力ともに充実した素晴らしい日々を過ごしていたと思ったのだけれど、少しばかり張り切りすぎてしまったらしい。


「……君の行動を制限するつもりはないし、薬作りは応援したいのだが」


 クロードさまが眉を寄せ、困り果てたような表情をしている。


「しかしながら、薬作りは一日十時間までとして欲しい」


 三徹を越えたあたりで、クロードさまからそう言われてしまった。一日は二十四時間もあるというのに、少し短すぎるのでは……?とお願いをしたけれど、彼は首を縦には振らなかった。


 むしろこれでも少し妥協していると言う彼に、思わず唇を尖らせる。眠さの限界を通り抜けた先に、頭がよく働く時間があるというのに。


 そんな私にやはり困ったような顔をしたクロードさまが、口を開く。


「君が充分な睡眠をとるならば、俺は毎日君に美味しい菓子を持ってこよう。――実は今日、チョコレートを用意している」

「……!」

「明日は、バニラアイスを乗せた焼き立てのアップルパイを持ってこようと思う。甘く煮た林檎をパイに包んで焼き上げたものに、凍らせた甘いクリームを乗せて食べるんだ。……多分君は、とてつもなく好きだと思う」

「……!!」


 薬作りと甘いものを脳内の天秤にかける。ゆらゆらと拮抗しているそれに悩む私に、クロードさまは「三徹をするよりも、甘いものを食べて十時間没頭した方が捗るのではないだろうか」と止めをさした。


 というわけで、私は一日十時間だけ薬作りに精を出すことになった。


 ちなみにこの話し合いのあと、たっぷり八時間ほど眠ってしまった。すっきりとした頭で食べる起きぬけのチョコレートの美味しさは格別だった。五臓六腑に染み渡るとは、このことを言うんだろう。


 そして薬作りをすることのない手持ち無沙汰の時間に、クロードさまは私に塔の中を案内してくれると言った。


 人目があるので勝手に出てはだめだけれど、クロードさまかニールさまと一緒なら塔の中であれば一緒に出ても良いと言う。


 引きこもりの私は、基本的にはこの広い部屋の中から出られなくても苦に思ったことは一度もない。

 けれど部屋から出てもいいならと、常日頃幸せを与えてくれる料理長の元へお礼を伝えにいきたいとお願いした。


 クロードさまはちょっと驚いた後、少し考えて「わかった」と頷き、早速厨房へと連絡をしてくれた。

 怯えられないようにお詫びとお礼の気持ちをしたためた分厚い手紙も、この時に渡してもらった。


 そして厨房に向かおうとした時、たまたま手が空いていたらしいニールさまも同行してくれることになった。


 今のところ入れ替わりのことはニールさまにも伝えていないそうだけれど、先日食事をした後から彼は私に少し好意的なのだそうだ。


 確かに会った時、ニールさまの目には前回のように私を疑っていそうな眼差しはすっかり消え去っていた。

 ……のだけれど。


「……ヴァイオレット様!」

「!?!?」


 久しぶりに会ったニールさまは、私の顔を見るなりいきなり跪き頭を垂れたのだった。







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