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良い草です!

 



「ヴァイオレットさまは本当に投獄が嫌という理由で、私と入れ替わったのでしょうか……」

「……何か他に目的があって、君と入れ替わったと?」


 クロードさまの相槌に頷くと、彼は少し何かを考えるような表情で「どうしてそう思ったのか聞かせてもらえるだろうか」と言った。


「確かに、ヴァイオレットが殿下やレッドグライブ伯爵令嬢ではなく、面識のないはずの君と入れ替わったことに違和感はある。何より彼女なら入れ替わりという手段で逃げることは選ばず、牢獄を彼女の思いのままに過ごせる場所へと変貌させることを好みそうだ。……まあ、だから俺が監視役に選ばれたのだが」


 牢獄を思いのままに過ごせる場所へと変貌させる罪人とは、魔王か何かなのだろうか。

 そんな人と私は入れ替わっているのか……と入れ替わり後のことを考えて暗澹とした気持ちになりつつ、気を取り直して私は腕輪のはまった右腕を上げた。


「この腕輪に、おそらくヴァイオレットさまからの手紙が入っていたんです」


 そう言って、腕輪の中に仕舞っていたその手紙を取り、クロードさまに手渡す。それを受け取った彼は一目見た瞬間に眉をひそめた。


「『お前に名誉を与えてあげるわ その体を、傷一つつけずに守りなさい』…ヴァイオレットの字だな。なんという傲慢な文面だ……」


 そう言うクロードさまにちょっとだけ頷きつつ、私は躊躇いながら口を開いた。


「不自然な言い回し、とまでは言いませんが……その『守りなさい』という言葉が少し気になって」


 守ると言うのは、どちらかと言うと外部からの攻撃に気をつける、という意味が強い言葉ではないだろうか。


「……確かに俺がヴァイオレットならば『その体を丁重に扱え』と言ったような言い回しをするかもしれないが」


「傷一つつけずに守りなさい、と命じるのは裏を返せば傷つけられる可能性がある、ということを伝えたいのかなと思ったんです。でも……ここを管理しているのはクロードさまですし、私は一度も身の危険を感じていないし……勘違いかもしれません」


 話しているうちに自信がなくなり、クロードさまから目を逸らす。危ない目に遭う可能性があるのから、危機察知能力が低いだろうひきこもりは選ばないと思う。


 一瞬、不意に花瓶に生けたピオニーの花束が視界に入った。けれどあの花々はヴァイオレットさまが苦手なものではあるものの、傷つけるようなものではない。


「ただどうして私を選んだのかがわからないのです。入れ替わりがバレにくいから、という理由で引きこもりの私を選んだのならば、一月も経っていないのに茶会に出たりはしないでしょうし……。社交界デビューというのは……もしかして私との入れ替わりを解消するために、私と会うための手段として必要だったのかもしれませんが」


 私がそう言うと、先ほどから難しい顔でじっと何かを考えているようだったクロードさまが、静かに口を開いた。


「……俺は社交には、少し疎い。しかしオルコット伯爵家の長女が薬師の名門、アーバスノット侯爵家の血を引く娘だということは知っていた。ヴァイオレットなら尚更、もっと知っていることが多いはずだ」

「アーバスノット侯爵家?」

「そういったことも知らされてなかったのか」


 クロードさまが目を見開き、私のお母さまの生家だというアーバスノット侯爵家について説明をしてくれた。


「代々王宮薬師長を輩出する名門の家だ。現当主……君の祖父もそうだった。今から二十年ほど前、まだ三十代前半という若さで引退してしまったらしいが……現在でもその腕を振るい、新薬を発表していると聞く」

「まあ……」


 自分の祖父が何やらとてもすごい人だったという事実を知って驚きに目を見張る私に、クロードさまは「アーバスノットは全ての情熱を薬作りに向ける。――その血を引く者は、侯爵の他にはもう君しかいないはずだ」と言った。


「アーバスノットの血を引く人間が作る薬は、その効果や効能に関わらず例外なく王家の管轄になる。……そう決められるほどに、薬師の天才の家系だと。俺はそう聞いている」

「そ、そうなんですか……! って、あの、王家の管轄と仰いましたか?」

「そうだ」

「……と、いうことは私の作った薬も……?」

「もちろんだ」


 そうなると。私、王家の管轄の薬をこっそりと使用人に頼んで売ってもらっていたことになるような……? 


 そう思って冷や汗をかく私に、クロードさまが「ヴァイオレットが敢えて君を選んで入れ替わったというのなら、おそらく君の血筋を見込んでのことだろう」と言った。


「――もしも狙われるのなら、おそらくは毒。そう思ったのか……? いや、しかし……」


 そうクロードさまがまた何かを考え込んで、花瓶の花に目を向ける。


「……ちなみに、あの花に毒性の類はないのだろうか。踏みつけたり燃やしたりしたら毒が出るとか、そう言ったことは」

「踏み……!? いえ、そういったことは全くありません。どれも素敵な薬の材料に……あ、もちろん薬は取り過ぎれば毒にもなるのでそう言った面では毒物と言えないこともないですが……」


 副作用はどんな薬草にも、いや、どんな食べ物にも少なからずはある。あの花々の副作用とか、何か良くない類の情報は……と思い出して、私は「あ」と呟いた。


「強いていうならアザミには少し怖い花言葉があるかもしれません。『報復』や『触れるな』と言った類の言葉が」

「報復?」


 クロードさまの目が少し剣呑な色に変わる。アザミに対しての熱い風評被害になってしまったかもと、私は慌ててアザミの弁護に走った。


「あのチクチクがそのような花言葉を想起させてはいますけれど、アザミは良い草です! 新芽も根っこも美味しいですし、お薬作りには欠かせない材料で……! いつかクロードさまに育毛剤が必要になった時は作って差し上げ……」

「待ってくれ」


 少し心外だと言いたげな顔をしながら、クロードさまが「知りたいことがある」と言った。


「毒味係が食べても異常はなく、対象物を調べても毒性は出ない――そんな毒は、存在するだろうか?」

「異常はなく、毒性が出ない毒?」


 目を瞬かせて聞き返すと、クロードさまは真面目な顔をして頷いた。


「症状は悪夢や食欲不振。体の痛みに、頭痛や嘔吐。その体調不良のせいもあるだろうが、決して人前で感情的に振る舞うことのなかった方が、苛立ちを露わにすることが多くなる。そんな毒があるのかが知りたい」

「それは……」


 クロードさまが頷いた。


「王太子殿下の体調不良。あれは、何か毒物の類ではないだろうか」





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