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「……ソフィア」

 


「え……」


 突然のクロードさまのセリフに戸惑っていると、クロードさまは「この塔で目を覚ました時には、すでに君だったんだな」と言った。


「ヴァイオレットは花を……特に、すみれの花を嫌っている。儚く散るだけの花に何の価値があるのだとも言っていた。……自分の瞳の色に似ているなどとは、決して言わない」


 突然信じてもらえた入れ替わりに、私は驚いて目を見開いた。

 驚いて戸惑う私にクロードさまは苦しげに眉を寄せた。


「もっと早くに君の話に耳を傾けるべきだった。急に知らない場所で、知らない人間に入れ替わり……わけもわからずひどく心細かっただろう君を強く責め、罪人として扱うという到底許されないことを、俺はしてしまった」


 ものすごく、自分を責めていらっしゃる。

 悔やんでいるクロードさまを見て、私は慌てて口を開いた。


「そ、そんなことはありません! そもそも私は、罪人として扱われてましたか……?」

「……確かに君は何故か楽しそうだったが」


 俺はきちんと法に則り、君を罪人として幽閉していた、と複雑そうな顔でクロードさまが言う。


 なんだかその表情に、申し訳なさが湧いて出てきた。


「確かに最初は戸惑いましたけれど、食事は美味しいしクロードさまもお優しかったですし、薬草もたくさんご用意して頂いて毎日充実していました! 全然心細くなかったですし、むしろ一緒にお食事したり薬作りに没頭できたり、とても楽しかったというか、」


 むしろ牢獄生活をとても楽しんでしまって、なんというか罪人としては失格だったように思う。そもそも罰がおかしいのだとは思うけれど……。


「だから気にしないでください、お願いですからどうか立ってください……!」


 そう言って必死でクロードさまにお願いをする。彼はまだ跪き足りなさそうな顔をしていたけれど、渋々立ち上がった。



 ◇


「……女性に名前を尋ねる前に、まずは改めて自己紹介をすべきだった。俺はクロード・ブラッドリー。ブラッドリー侯爵家の次男で、王太子殿下直属の第一騎士団の団長を務めている」


 律儀にそう言ってくださったクロードさまに、予想通り高貴な方だったと思いつつ、私も淑女の礼をして自己紹介をした。


「私はオルコット伯爵家の長女、ソフィア・オルコットと申します」

「ソフィア……君はオルコット伯爵令嬢か」


 クロードさまが得心がいったというように頷く。私がさっき取り乱した理由に見当がついたのだろう。


「ソフィア……ソフィア嬢。君の本当の名前は、そう言うのだな」

「あ、ソフィアとお呼びください」


 私がそう言うと、クロードさまはほんの少し驚いたように眉をあげ、それから何故かおそるおそるといったように口を開いた。


「……ソフィア」


 その呼び方があまりに優しかったので、少しだけ照れてしまう。こんなに大切そうに名前を呼んでもらえたのは、お母さま以外で初めてだと思う。


 つい口元を緩ませながらクロードさまを見ると、何故か口元を押さえている。

 私の視線に気づくと彼はすぐに視線を逸らし、「すぐに殿下に報告しよう」と言った。


「俺と違って殿下は柔軟な方だ。きっと耳を傾けてくださる。そして君の体に入っているヴァイオレットを捕らえて、殿下自ら立ち会いの上事情を聴取する。そしてヴァイオレットには何とか元通りにさせよう。近いうちに、きっと君は元の体に戻れるはずだ」

「元の体に……」


 クロードさまの言葉に、口元に手を当てて考え込もうとしたとき。

 タイミングの悪いことに、ちょうど私のお腹が鳴ってしまった。


「……先に食事にしよう」


 顔を煮立せた私を見て、気遣うクロードさまが苦笑する。

 穴があったら入りたいと言うのはこのことだと思いながら、私は「はい」と頷いた。



 ◇



「……君は、そんな扱いを受けてきたのか」


 クロードさまが怒っている。


 一緒に食事を摂りながら、「どうして伯爵令嬢なのに、最初床で寝たり品数の少ない食事をご馳走と言ったりしたのか」を尋ねられた私は、躊躇いつつも少しぼかして生家での生活のことを告げた。


 母が亡くなり義母が来て、ジュリアが生まれてからは家族と距離があったこと。食事は家族よりも粗食で、自室が狭かったので薬草や試薬をベッドの上に置いていたこと。


 あまり本当のことを話して暗い気持ちにさせるのも……と思って咄嗟にぼかしてしまったけれど、それでも正義感の強いクロードさまにとっては許せないことだったらしい。


 お顔が怒っている。美形が怒ると迫力がある。

 私は慌てて首を振りつつ、大丈夫です! とフォローした。


「薬作りに没頭する時間がたくさんあったので! 結果オーライというか……」

「いや、人として最低な行いだ。到底許せることではない。……こうして身代わりで君に罰を受けさせているヴァイオレットのことも許せないが、こうして君の窮状を知れたことだけは……良かったと言わざるを得ない」


 そう険しい顔のまま、「しかしそんな家族もやつれさせるとは……」とクロードさまが苦々しく言った。私もそこには、完全に同意である。


「一体どんな魔法を使って社交界デビューをさせるまでに上り詰めたのか……」


 そう言って、一番最初に湧いた疑問が、また浮かぶ。


「……どうしてヴァイオレットさまは、私と入れ替わったのでしょう?」


 最初は、私が引きこもりだったからだろうかと思っていた。私の噂を聞く限りでは、自由に好き勝手に生きていると思っていただろうし、引きこもりなら入れ替わりがバレにくいと思ったのだろうと。


 だけどソフィア・オルコットは、最近顔を出し始めたと言った。そして二ヶ月半後――私の釈放に合わせて、社交界デビューのための舞踏会を開くのだと。


 それと同時に、腕輪に隠された手紙のこともよぎって、私はまた口を開いた。





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