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この花を渡したくない

 



 ヴァイオレットにチョコレートを渡した翌朝。

 クロードはヨハネスに呼び出され、王宮にある王太子の執務室へと訪れていた。


「……クロードか」


 侍従に通され部屋に入ると、机に向かって執務をしていたヨハネスが顔を上げる。

 気取らせないよう柔らかな表情を浮かべてはいるが、彼の体調が悪いことをクロードは知っていた。


 ヨハネスが侍従に目で合図すると、控えていた侍従が外に出る。クロードとヨハネスが二人きりになった瞬間、彼は疲れたように椅子に深くもたれた。


「体調はいかがですか」

「良くはない」


 そう苦笑するヨハネスは、精神的に参っているようだ。もしも以前のヨハネスならば、たとえ幼馴染であり気心のしれたクロードにさえ、こういった弱音は吐かなかった。


 ここ最近の間、ヨハネスは体調不良に悩まされている。悪夢や食欲不振に加えて、最近では頭痛や嘔吐まで出てきているそうだ。


 王宮薬師長が診ているが、これといった原因はわかっていない。おそらく精神的なストレス、そして過労だろうと言われている。

 婚約発表の会に向けて忙しかったことや、その時のヴァイオレットが起こした事件で負担がかかったのだろう。


「とはいえ、お前が言っていたあのミルクを昨日も侍女に作らせた。幾分眠れるだけではなく、今日は体の痛みが少しはマシになったように思う」

「それは何よりです」


 顔には出さなかったものの、内心で驚いた。良く眠れる効果のあるごく弱い薬だと、ヴァイオレットは言っていたと思ったのだが。


 ヨハネスが何かを言いかけたとき、扉がノックされた。


 乳白色のドレスに身を包み、鮮やかな色彩の花束と、小さな袋を手に持つリリーだった。彼女の姿を見た瞬間、ヨハネスが顔を和らげる。


「あら、クロード様。おはようございます。ヨハネス様……体調は大丈夫ですか?」

「ああ。君の顔を見ると不思議と気分が軽くなる」

「まあ。ふふ、よかったです」


 リリーが微笑みながら、ヨハネスに差し入れと言って手に持った袋を差し出す。どんなに体調不良の時でも、ヨハネスはリリーの作った菓子だけは食べていた。


「毒味係を呼ぶようにお願いしましたから、毒味が済んだら召し上がってくださいね。もちろん、私も一緒に頂きますけれど」

「誰も君を疑う者はいないのに……毒味係にだって君の作ったものは食べさせたくないな」


 そう言うヨハネスに「いいえ、大事なお体ですもの。きちんとしなくては」とリリーが首を振り、クロードに憂いを帯びた眼差しを向ける。


「ヴァイオレット様のご様子はいかがですか?」

「変わりありません」

「そうですか……あの気丈な方も、やはり牢生活はお辛いのでしょうね。あと二ヶ月半、早く過ぎてくれれば良いのですが……」


 そう言いながら、リリーが手に持っていた花束をヨハネスに見せた。


「牢の中には目を楽しませるものがないでしょう? こちらをクロード様にお願いして、ヴァイオレット様のお部屋に飾って頂くことはできますか?」

「それは……」


 ヨハネスが一瞬躊躇い、クロードも少し眉を寄せた。

 ヴァイオレットは母を亡くしてから、彼女を思い出させるような花の類は全て拒否をしている。


 婚約者を人前で辱められて怒り心頭とはいえ、普段のヨハネスならば仲の悪い兄妹のように育ったヴァイオレットの心の傷を抉るようなことは、けしてしない。


 しかしリリーのどうしても渡したい、と言う声に逡巡した後、ヨハネスは迷いを振り払うように「わかった」と言った。

 思わずハッとしてヨハネスの顔を見つめる。ヨハネスは、どこか曇った目でクロードに命じた。


「リリーの優しさを無下にするわけにもいかない。それをヴァイオレットに持って行け。その反応次第であの悪女も馬脚を表すかもしれん」

「殿下、それは」

「二度は言わない。……ああ、それから、」


 そう言ってヨハネスが、クロードに淡々とヴァイオレットへの事務的な伝言を命じる。



 その後も何を言っても取り付く島のない主人に一礼し、彼はヨハネスの執務室を後にした。早く塔に向かわなければ、ヴァイオレットの昼食に間に合わない。


 最近では嫌ではなかったその訪問に、鉛を飲んだような気鬱さを感じるなどいつぶりだろうか。


(……そうだ、俺は。この花を渡したくない)


 花が綻ぶように微笑む、今のヴァイオレットの顔が曇ることなど考えるだけで不快だった。


 そう思って、クロードは騎士としてあるまじき今の自分を心から恥じた。


 どうかしている。騎士とは、主君の命には何があっても従うものだ。自分が今任されている仕事とは、つまりはヴァイオレットの監視と処罰。絆されることなど、あってはならない。


 あってはならない、のだが。


 背筋に嫌な汗が伝う。手元の花を握りしめる。胃が炙られるような焦燥に駆られながら、クロードは塔に向かって足早に駆け出した。




ストレス展開ではありません…!

次回からソフィア視点に戻ります◎

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