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表情が正直すぎるな

 



「やった……やった!」


 小さな鉢にちょこんと実った黒い実を見て、私は喜びに両の手を握った。


 目の前で実ったのは、なかなか実るのが難しいビタビタという黒い実だ。栄養がたっぷりで、鎮痛剤や熱さましの材料になり、煮詰めた汁には防腐効果があるとても優れた素晴らしい実である。


 今試作中の例の容器――カプセル(小箱)と名づけることにした――に入れたくて、先日苗を仕入れてもらったのだ。


 そう。カプセルに入れたくなるほど、この実も食べることに向いていないようなのだ。


 親指の爪ほどの小さな実なのに、一つ口に放り込めば大の大人の男でも悶絶するほど苦いのだそうだ。見た目は艶々と愛らしい実なのだけど……と一つ採る。


 ……いくら水を飲んでも苦味が口に残るほどというけれど、どれくらい苦いのかしら、と好奇心が湧いてきた。



 ――まだまだ夕飯には遠い時間。悶絶しても誰にも無様な姿を見られることはない。幸いにもこの牢獄は、牢獄らしからぬことに水が飲み放題なのである。


 ……一欠片だけ、試してみようかな。薬師たるもの、やはり何事も己の身で試さなくちゃね。


 そう言ってビタビタをスプーンで半分に割り口に入れる。そしてお約束というか何というか、その瞬間扉がノックされた。


 返事をしようとして――あまりの苦さに激しくむせた。


 舌が大変なことになっている。知らなかったけれど、苦味はいき過ぎると痛みに似た刺激になるみたいだ。あとで絶対にメモを取ろうと思いつつも、吸う息すらも苦すぎて悶絶する。割と最悪なことになってしまった。これはもはや、毒と言って差し支えがないかもしれない。


「――っ、おい、何があった」


 咳き込みつつ涙目で水を飲み下す私に、いつの間にか入ってきたクロードさまが駆け寄った。


 何でもないと誤魔化せば誤魔化すほど、クロードさまは「何があった? 誰かから何かをもらって食べたのか?」と険しい顔になる。


 仕方なしに恥を忍んで説明すると、クロードさまはホッとしつつ、呆れていた。


「君は」

「はい……」

「少し愚かだ」

「おっしゃる通りです……うう、苦……」


 肩を落としつつ、また悪あがきに水を飲んでお腹をたぷたぷにしていると、小さくため息を吐いたクロードさまが何やら美しい箱を取り出し、長い指がその箱をそっと開けた。


「口直しに食べるといい」


 差し出されたそれを見ると、中には一口大の艶々とした茶色の塊が六個鎮座していた。

 それぞれ種類が違うようだ。形は様々で、上には乾燥した果実のようなものがかかっている。何とも言えない甘い素敵な香りが鼻腔をくすぐった。


「これは……?」

「チョコレートだ」

「これが噂のチョコレート……うっ、苦……水……」

「まず、一度食べた方が良い」


 呆れ果てたクロード様が、一粒のチョコレートを私の手のひらにのせる。おそるおそる口に入れた瞬間、『苦痛い』しかなかった味覚が、想像を絶する美味しい甘さに塗り替えられた。


その美味しいことと言ったら。


「……!」


 どんよりと曇っていた脳内に天使の梯子が現れて、清らかな天使がラッパを吹き、喜びのセレナーデを奏でている。


――幻が見えそうなくらい、美味しい。


 舌の上で、なめらかにするすると溶ける儚い食べ物かと思いきや、甘さは濃密だ。良い香りがして、本当に人の子が食べても良いものなのか不安になるほど美味しい。


 感動している私に、クロードさまが静かな顔で「苦味は消えたか?」と言った。


「消えました……! ありがとうございました! こんなに……こんなに美味しいものを……」

「礼には及ばない。それは昨日の詫びと礼だ」

「詫びと礼?」


 首を傾げると、クロードさまは殿下に腕を掴まれた詫びと、殿下に献上したミルクの礼だと言った。


「昨日君の言う通りに作らせたものを殿下に飲んで頂いた。……いつもより、眠れたそうだ。礼を言う」

「よかった……!」


 ちょっと安心したけれど、私がしたことは大したことでもない。

 それに何より、クロードさまがお詫びやお礼をすることではないのになと申し訳なく思っていると、クロードさまが「気にせず食べてくれ」と言った。


「君のために買ってきたものだ。食べないのならば捨てるしかない」

「そ、そんな……! 食べます!」


 慌てて一つを口に入れる。

 美味しさにうっすら涙ぐむ私にクロードさまは引きつつ、今食べたものは蜂蜜入りだ、これはいちごを練り込んでいる、これはオレンジの皮を……など説明してくれる。


 なんという、痒いところに手が届く人なのだろうか。


「こんなに幸せで良いのでしょうか……私の生涯で最も幸せな時間のベスト三に入るはずです……」

「大袈裟な……」


 クロード様がふっと目を細め、呆れたように笑った。


「世の中には美味しい甘味がたくさんあるだろう。舌の上で溶けるアイスクリームや、パイ生地とクリームを何層も重ねたミルフィーユや、それから……」

「夢のようですね……!」


 見たことも聞いたこともない名前だけれど、絶対に美味しい。チョコレートは元々薬の材料なので知っていたけれど、私は甘味の名前にとても疎い。


 思わず目を輝かせると、クロードさまが思わずと言ったように「ここから出たら……」と言いかけて、口をつぐんだ。


「いや……何でもない。それよりも、それが気に入ったならまた買ってこよう」

「……!」

「表情が正直すぎるな」


 クロードさまがふっと笑う。この方はもしや騎士ではなく天使さまでは……? と思いながら、私はまたチョコレートに手を伸ばした。





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