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お前、笑い者の才能があるわね

 




 オルコット伯爵家当主、マルコム・オルコットが帰宅したとき、屋敷の全ては変わっていた。


「お父様っ!!」


 娘のジュリアが泣きながら抱きついてくる。今までも帰ってくるたびにまとわりついてくる娘ではあったが、こんな風に泣きついてくることは初めてだった。


「どうしたんだ、ジュリア」


 疲れている。

 妻であるイザベラに任せようと周りを見たが、彼女の姿は見えない。

 煩わしさに眉をしかめかけたが――、ジュリアの訴えと、執事のジョージの説明を聞いて耳を疑った。


「何を言ってるんだ。そんなバカな話が……」

「いえ、誓って真実でございます」


 あのソフィアが、物置部屋から出てきてイザベラとジュリアを部屋から追い出し、屋敷を掌握しているという。

 ジュリアは日当たりの悪く狭い空き部屋へと移され、イザベラに至ってはなんと一週間も使用人と一緒に寝起きしているのだと。


「あの女が私に刺繍しろって言うのよ! 三百枚なんて頭おかしいでしょ! もういや!」


 にわかには信じがたいが、二人の様子を見る限り本当なのだろう。

 耐えかねて爆発したか。確かにソフィアには少し気の毒な環境だったが、こうして面倒を起こす前に一言、言ってくれたら良かったのに。


「……ジョージ。とにかく今すぐバカな真似はやめさせるんだ。ソフィアの部屋は前より多少マシな部屋に戻せば納得するだろう」

「しかし……」


 執事のジョージは、マルコムの言葉に躊躇いを見せる。


「一度ソフィア様と直接お話をされた方が良いかと」

「……面倒だな」


 舌打ちしかけるマルコムに、ジョージがスッと紙の束を差し出す。


「なんだこれは」

「請求書です。――ソフィア様の購入したドレスや、宝飾品の」

「!」


 請求書を乱暴に受け取り、中を見る。途方もない金額が、冗談のように使われていた。



 ◇


 こめかみを押さえながら、ソフィアの部屋につかつかと向かう。


「ソフィア!」


 バン! と大きな音を立てて乱暴に扉を開ければ、見慣れないドレス姿のソフィアがいた。


「……ノックもせずに。なんて失礼なのかしら」


 その冷ややかな蔑みの混じる声音に、マルコムは思わず声を失う。


(――これは、誰だ?)


 温度のない瞳から、まるで虫けらを眺めるような眼差しを向ける少女は。

 マルコムの知っている娘とは違う。顔を合わせるたび、何も言わずにそっと目を伏せるだけだった娘とは。


「淑女の部屋にノックもせずに入るだなんて、紳士の行うことではなくてよ。……ああ、お前に紳士を説くだけ無駄だったわね。山奥に潜む蛮族に説いた方が有意義というものだわ」

「なっ――……お前は誰に向かって口を聞いている!」


 思わず声を荒げる。いくら何でも、当主の自分に向けて良い言葉ではない。


「何よりこの請求書はどういうことだ! 勝手に部屋を移動したり、イザベラを使用人同然に扱ったり、一体何てことをしてくれたんだ! さっきまではそれでも謝って反省するなら許してやろうと思っていたが、そういう態度ならばもう良い。お前にはもう、さっさと金持ちの後妻に入ってもらう」

「まあ……ふふ。最近聞いた中で一番笑える戯言だわ」


 マルコムの怒声に全く怯むことなく、ソフィアは目を細めて愉快そうに笑う。自分が小瓶の中に閉じ込められたことに気づかない、愚かな鼠を眺めるような表情だった。


 そのまま空いている椅子に手のひらを向け、余裕のある嫌な笑みを浮かべる。


「どうぞおかけなさい、マルコム・オルコット。楽しい話をしてあげるわ」



 ◇



「…………」


 話を聞き終えたマルコムが、絶句し言葉を失っている。

 イザベラに語って聞かせた大聖堂の神父の話もそうだが、マルコムが一番衝撃を受けたのは、ソフィアが物置部屋で作っていた薬を、秘密裏に売っていたことだった。


「お前もアーバスノットの血を引く妻を迎えたからにはわかるわよね? アーバスノットの薬は、王家の管理下にある。私があの物置部屋で作っていた薬はお母様から受け継いだ処方を元に作っていたの。これを売っていたと知ったら――陛下はどうお思いになるかしら?」


 そう微笑むと、マルコムは更に顔を青ざめさせる。


 ヴァイオレットは入れ替わってから気づいたのだが、ソフィアは使用人からの勧めで、作った薬を使用人に託し、街の薬屋に売ってもらっていたようだった。


 それで得た少ない金額で、薬草の種や壊れた調薬道具を密かに買ってもらっていたそうだ。せっかく得たお金を薬作りに使うところも、その金額が正当なものだと信じて疑わないところも、さすがはアーバスノットである。端的に言って愚か者だ。


「これまで何も知らない私は、使用人に請われるままに売っていたけれど……まさかそれがお義母様、お前の後妻の差金だなんてね。ああ、私を黙らせようとしても無駄よ。私がお前たちの目をくぐって外とやり取りしていたことは、大聖堂の神父の話で分かったでしょう? お前たちの知らない協力者がいるのだから」


 そう言うと、ヴァイオレットはにっこりと、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「今までドレスの一つも持たない娘が、百や二百のドレスを買い、貴族夫人としての素養がない後妻を少しばかり教育し、異母妹に刺繍の手解きをしてあげたからと言って、何の問題もないことがお分かりいただけたかしら?」


 そう言うとマルコムが、ギリリと歯噛みする。


「……確かにお前には気の毒なことをした。しかしこうして脅して復讐するなど」

「復讐? こんなものが?」


 マルコムの言葉に、ヴァイオレットは首を傾げた。


「この程度で手打ちにできると思ってるなんて。十三年の歳月はそんなに安いものではなくてよ」

「な……」


 まさかまだ気が収まらないのかと言いたげに青ざめるマルコムに、ヴァイオレットは口を開いた。


「今のところは何もやらないわ。仕返しは、この私がやるべきことではないもの」

「…………? では誰に。私に任せるということか?」

「お前って本当に笑い者の才能があるのね。何故お前が何かを決める立場だと思っているの」


 自分はただ、見ていただけの傍観者だ、とでも言いたげなマルコムにスッと目を細める。


 自分が入れ替わってからの二週間。きっとイザベラもジュリアも、おそらく彼へ手紙を送っていたはずだ。しかし彼は屋敷の状態を知らなかった。手紙を見ることすら疎かにするほど、家庭への関心がないのだろう。言葉の端々から、自分に迷惑をかけるな、煩わせるな、という気持ちだけが透けて見える。


(ろくでもない人間ね)

 

 体が入れ替わった暁には、小娘に選ばせよう。破産させるか、罪人として処分するか。それとも小娘が味わった飢えと屈辱を、全員に味わわせるのか。


 こんなものが仕返しになると思っている時点で、ずいぶん舐められたものだ。

 ヴァイオレットがイザベラとジュリアにしていることは、単に初日に自分に無礼を働いた報復に過ぎない。



「――ああそれから、二ヶ月半後に、正式に社交界デビューをしようと思っているの」


 苦々しくこちらを見つめる男に、微笑んでやる。それ以降にお前は地獄を見るのだと、心の中で呟きながら。


「場所はこのオルコット伯爵邸よ。あのエルフォード公爵令嬢も招待する予定だから、少しばかり豪華に整えさせてもらうわね」






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