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ソフィア様、いかがでしょうか

 



「ソフィア様、いかがでしょうか」


 おそるおそると言った風情で、侍女のマリアがヴァイオレットに尋ねた。


 無言で鏡の中の()()()()を眺める。緩やかに巻かれた紫色の髪は、身につけている水色のドレスとよく調和が取れ、華やかで清楚な雰囲気に仕上がっていた。


 今日はソフィア・オルコットとして、茶会に出ることになっている。初めて他の家門の令嬢と会うのならば、服装はこれくらい地味な方が動きやすい。


「いいわね」


 ヴァイオレットがそう言うと、マリアはほっとしたように深く礼をした。最初は要領が悪そうだと思っていたのに、意外や意外。彼女は割と細かなことによく気づく、気の利く娘だ。


(――二週間。ようやく、この娘の体も少しは見れたものになってきたわね)


 鏡の中のソフィアを、もう一度まじまじと見る。

 毎日希少な香油を使って手入れをさせたおかげで、髪や肌は艶々と輝き始めていた。

 元々の顔立ち自体、多少間の抜けた地味な顔立ちだが――整っていると言って良いだろう。


(これなら、まあ。ギリギリ我慢できるかしら)


 とはいえまだ、不充分ではあるのだが。

 特に体型は痩せすぎていることもあり貧相だが、まあここは腕の良いデザイナーのドレス次第で映えるだろう。


(それよりも、そろそろあの節穴ヨハネスが様子を見に来ている頃かしら)


 二週間。クロードから報告を受け、別人のようになったヴァイオレットに、一体何を企んでいるのかと顔を出す頃合いだろう。


(あの娘が体調不良に気づく……ことは、さすがにないでしょうね)


 いくらアーバスノットの血を引き、日々薬師の勉強を行っていると言っても所詮独学だ。


 腐っても王族として体調不良を悟らせない教育を受けている彼から、初対面の娘が何かを悟ることは難しいだろう。違和感を覚えれば上出来だ。


 元より今の段階で、あの男の体調に関して何かして欲しいなどとは思っていない。

 会ったこともない小娘に、直接指示もできない現状で望めることなど多くはないのだった。


(まあ、それで充分。――今のところはね)


 働いてもらうのは、まだ先だ。


 その報酬として、ソフィアの生活は今までより格段に良いものへと変えている。ここまでしてやったのだから、ヴァイオレットが頼むことにノーとは決して言わせない。



 ぐるりと自室を見渡す。日当たりがよく広いこの部屋は、先日までジュリアが使っていたが、今はソフィアの部屋へと変えている。


 ちなみにジュリアは元々ソフィアが使っていた物置部屋へと引っ越しさせてやろうかと思ったが、あの部屋は一応ソフィアの私物がたくさんあることと、ジュリアがギャンギャン泣き喚いたので、少々揶揄っただけで許してやった。

 今はどこかの空き部屋にいるはずだ。ヴァイオレットは、子どもには少し甘い。



 あの初日。ヴァイオレットは前伯爵夫人が亡くなった月日と、ジュリアが生まれた月日を諳んじた。


 本来姦淫はこの国では重罪である。特に病床に臥す妻を置いて成した子ならば一層、ジュリアは嫡出子としては認められないのだ。本来ならば。


 しかしこのような話は巷にありふれていて、今やこの戒律は形骸化されている。普通ならば教会にこの話を投げ込んだとて、曖昧に微笑まれて調査もされないまま終わりになるだろう。


 それを知っているイザベラは小馬鹿にしたように笑ったが、ヴァイオレットがソフィアの生家であるアーバスノット家の名前を出すと少し強張った顔をした。

 ソフィアがアーバスノットの名前を知っているとは思っても見ない顔だった。


『お前たちが大きな顔をしているのは、アーバスノットが動かないからよね。でも知っていて? あの一族を動かすことは、このソフィア・オルコットには造作もないことなのよ。もういい加減、お前たちの好きにさせることに飽きてきたの』


 アーバスノットなら、教会のトップである大聖堂も動かせる。


『その証拠に先日、モーリス・グラハム・ホルトという銀髪に片眼鏡の神父が、なぜかこの屋敷に祝福を捧げに来たでしょう? あの男はあれでも大聖堂で高い地位についている神父で、アーバスノットとはとても懇意にしているの』


 元々顔見知りであるモーリスには、入れ替わる前に事前にオルコット伯爵家へ祝福を授けに行けと命じていた。


 彼はヴァイオレットの言うことならどんな馬鹿げたことでも実行するような男で、少々鬱陶しいがこういう時にはとても役立つ。


 嘘と真実を上手に織り交ぜて、ヴァイオレットは微笑んだ。


『それでも十三年一緒に暮らしたお前たちを、背信者として追い出すのも忍びないわ。だからまだアーバスノットに本当のことは伝えていないのだけれど……。――そうね、私の言うことを聞くのなら、仲良く暮らしてやってもいいと思っているの。ああ、信じられないでしょうから、大聖堂に連絡を取ってもいいわ。けれど下手なことを言って藪をつついては困るでしょうから――『モーリス・グラハム・ホルトという神父は、先日高貴な方に命じられて祝福に来たのか?』と聞くことをおすすめするわ』


 ヴァイオレットの言葉に青ざめたイザベラは、そのまま本当に大聖堂に確認をとり、事実だと知ると悔しそうに唇を噛んだ。

 その後、他にも諸々許されないような事実を突きつけ、彼女たちの精神は綺麗に折れたのではないかと思う。


 それでもヴァイオレットに対して時たま敵意の眼差しを向けるので、元気があるのならと彼女たちには手や体を動かしてもらうことにした。


 ジュリアには、二ヶ月半後に必要となる刺繍入りのハンカチを、三百枚ほど作らせることにした。図案はヴァイオレットが考案したもので、やや複雑だ。日々出来上がるそのハンカチは、一枚一枚ヴァイオレット自ら確認し、出来の悪いものは全てやり直しをさせている。


 イザベラに関しては、伯爵夫人の名に恥じない使用人の教育方法について学んでもらうことにした。


 初日のソフィアに対する使用人の態度を見る限り、伯爵夫人としての素養が足りないと言われても仕方ないわよね――と微笑むと、イザベラの顔はまた引き攣った。


 子爵とはいえ、生まれながら貴族として受けてきただろう教育で足りないのならば、使用人として働き、使用人の気持ちを学んだ方が良いのではなくて? と、今後のためにアドバイスを行った。


 今彼女は使用人と一緒の部屋で寝起きをし、一緒に働いている。

 一週間の予定だが、反応次第で延ばしてやるとして。


(残る一人は、オルコット伯爵家の当主ね)


 この二週間、彼は領地に視察に行っていた。ちょうど今日帰ってくるとのことなので、彼との決戦は今夜になるだろう。


(仕事ぶりは真面目だと聞いていたけれど――論理的に判断してくれる男だとこちらは楽ね)







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