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百合の香

 



「――久しぶりだな、ヴァイオレット」


 そう言って険しく眉根を寄せたヨハネス・デ・グロースヒンメル王太子殿下は、金髪に青い瞳を持つ、どことなくヴァイオレットさまに似た綺麗な顔立ちの方だった。


 しかしながら、眠れていないのだろうか。

 目の下にはうっすらと隈があり、瞳は微かに充血している。元の健康な状態を見ていないので何とも言えないけれど、顔色も悪いように見えた。


「王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

「……クロードが言っていた通り別人のようだな。投獄され、初めて自分のしたことがわかったのか」


 私が礼をすると、冷ややかな声が頭上に降ってくる。顔を上げると先ほどよりも険しい表情で、何かを推し量るように私を睨め付けていた。


「もしくは何かを、企んでいるのか」


「ヨハネス様。そんな言い方をなさっては、ヴァイオレット様がお可哀想ですわ」


 殿下の横に並ぶ、銀髪に金色の瞳をした女性が柔らかな声でそう言った。香水をつけているのか、清潔感を感じる百合の良い香りがした。

 おそらく彼女がリリーさまなのだろう。たおやかに微笑んでいる彼女は、ジュリアの言う通り美しい方だった。


 リリーさまの言葉に、殿下はいたわしげに眉を寄せ首を振る。


「リリー、君は優しすぎる」

「そんなことは……。ヴァイオレット様もこのような場所に投獄されて反省なされたのでしょう。私はもう気にしていませんから……」

「いや。あの場で私の婚約者である君を害した彼女は、私や王家に対して反逆したも同然なのだ。少し反省したくらいで許される罪ではないし、それに……彼女は、そう易々と反省するような女性ではない」


 そうだろう? と殿下が私に目を向ける。確かに、ヴァイオレットさまが反省していたら今私はここにいないだろう。

 どう答えようか迷っていると、殿下が更に語気を強めた。


「……殊勝なふりをしているが口先だけでも謝れない。こういう女性だ。最近では薬師の真似事をしているようだな」


 そう言って殿下は、私の調薬道具に目を向けたかと思うと、急に私の手首を強く掴んだ。

 驚くほど冷たい手に息を呑む私に、探るような瞳で口を開く。


「何をしようとしている?」


 リリーさまの移り香なのか、甘い百合の香が微かに香る。一瞬覚えた違和感に何だろうと考えていると、クロードさまが私と殿下の間に割って入った。


「殿下。獄内にいる者に対して、乱暴と取られかねない振る舞いは禁じられております。どうぞお心をお鎮めくださいますよう」

「……」


 クロードさまの言葉に、殿下が眉根を寄せ、渋々私の手を離す。


「クロード。この女をよく見張っていろ。私も父上も、今まで彼女に甘すぎた」

「……は。かしこまりました」


 殿下の言葉にクロードさまが一礼して答えた。リリーさまを促し、私に背を向けた殿下に咄嗟に声をかける。


「殿下、少々お待ちください」

「……何だ」


 殿下が振り向き「謝罪する気になったのか」と答えた。


「いえ。手が、異常に冷たいようです。最近何か不調はありませんか?」

「は?」


 殿下が虚をつかれたような顔をするにも構わず、私は矢継ぎ早に続けた。


「目が充血していますし、顔色も悪いようです。一日に何時間程度眠っていますか? 三時間にも満たないのではないでしょうか」

「何を言って……」

「食事は摂れていますか? 気分の不調は? 嘔吐や悪寒などは――」


「君には関係ないことだ」


 殿下がキッと私を睨みつけてそう言った。


「薬師の真似事をしているうちに、薬師にでもなったつもりか。生憎私の体調は王宮薬師長が診ている。君の出る幕など一切ない。……大人しくしていろ、悪女め」


 そう言って殿下は、困惑するリリーさまに声をかけて、今度こそ振り向くことはなく出て行ってしまった。



「……大丈夫か」


 彼らの出て行った扉を見つめる私に、クロードさまが声をかける。何がだろうと思って首を傾げると、彼が躊躇いがちに私の手首に目を向けた。


「少し赤くなっているようだ」

「え? ああ……」


 掴まれた手首に、指の痕が残っている。といっても少し赤くなっているくらいで、痣になっているわけでもない。数分で消えるだろう。


「何でもありません。それよりも、助けてくださってありがとうございました」


 私がそう言うと、クロードさまはどこか痛そうな顔で「悪かった」と謝った。


「まさか殿下が君に手を出すとは思わなかった。……最近は少し苛立たれることが多いと知っていたのに、申し訳ない」

「苛立たれることが多い?」

「ああ。君も投獄される前に言っていただろう?『最近生意気にも苛立っていることが多いわね』と」


 生意気にも……? とヴァイオレットさま節に慄きつつも、不安が胸をよぎる。


「……でも殿下は、王宮薬師長……優秀な薬師さんに診て頂いてるんですよね?」

「ああ。現在王宮に勤める薬師の中では一番だ」

「そうですよね……」


 それならば殿下の仰る通り、私の出る幕ではないだろう。所詮私は、独学で学んだだけの引きこもりだ。王宮で一番だという薬師長の、足元にも及ばないはずだ。


 ……だけど。


「あ、あの、クロードさま。トネリコの葉とクチナシの実を煎じたものを、ほんの二掬い入れたミルクを殿下に差し上げることはできませんか?」


 これは、お母さまの遺してくださった秘密のレシピの改良版だ。

 どんな薬を出されていても飲み合わせに影響はないごくごく軽いものだけれど、気持ちを落ち着かせて安眠できる効果がある。


「……わかった。夜報告に伺う時、差し上げてみよう」


 クロードさまが一瞬躊躇って、すぐに頷いた。

 私は少しホッとして、もう一度「ありがとうございます」とお礼を言った。






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