エピローグ
こちらで完結です。
母が眠る場所は、ヴァイオレットが大嫌いだったものに囲まれている。
(――葬儀の時以来だったけれど……今も相変わらずなのね)
母が好きだった薔薇の花束を手に、精緻な彫刻が施された華やかな墓所を訪れる。
石造りのその墓所は、いつもひんやりとした静謐な空気が満ちていた。
その中央にある、真っ白な大理石に真鍮で名前が彫られた美しいその墓石が、ヴァイオレットの母が眠る場所だ。
この場所には父が手配しているのだろう、絶えることのない花が、常に生けられている。
もしもヴァイオレットが母の墓参りに行くといえば、父は秘密裏にこの花を撤去しただろう。
しかしヴァイオレットは母が亡くなってから一度たりとも――追悼儀礼でさえも無視をしていた――この場所に訪れたことがない。
そのためきっと十五年もの間、ここには母のためだけの瑞々しい花が場を彩っていたはずだ。
墓石の前に花を置き、両手を組む。今まで一度たりとも祈ったことのない、祈りを捧げた。
(仇はとったわ。――仇しか取れなかったけれど)
しかしきっと母ならば、よくやったとヴァイオレットの頭を撫でてくれるだろう。
ヴァイオレットの頭を撫でる母の指先を思い出しながら、ヴァイオレットはこれまでの十五年のことを、心の中で反芻する。
その大抵の出来事は、母が知ったら「あらあら」と口元を手で押さえ「少しやりすぎよ」と窘められるようなことばかりだ。
(ああ、だけど――)
ソフィアのことを知ったら、母は少しだけ喜ぶかもしれない。
そう思った時ヴァイオレットはふと不快だった茶会のことを思い出した。
『わたしはじぶんがみじめになりさがるくらいなら、傷ついてもかまわないわ』
あの時ヴァイオレットは、心配する母にそうきっぱりと言い放った。
たとえ何があろうと背筋を伸ばし、誰よりも誇り高く、強くある。
生涯そうあれるように努力するし、何よりそのための才覚が自分にはあると確信していた。
そんなヴァイオレットに母は困ったように笑って、ヴァイオレットの頭を撫でたのだった。
『強い人間は、孤独に生きる人が多いわ。特にあなたは心の内を明かさないから。だからこそ心配なの。いずれあなたを理解して、守ろうとしてくれる人ができたとき――……』
「……あなたは大切な人を必ず守ろうとする。それは強さしか知らないあなたの弱みになるでしょう。だからとても心配だけれど……あなたが心を許せる誰かに出会って幸せでいることを、私は心から願ってる」
あの時母は、そう言ったのだった。
「……ふ」
思わず、小さな笑いがこぼれた。
ヴァイオレットは、取り立てて幸せを求めていない。それにあの小娘に心など、一ミリだって許しているつもりはなかった。
しかし思い出した母の言葉を、おそらく自分はもう忘れることはないだろう。
「ここは……あっ、ヴァイオレットさま!?」
静謐な墓所に、今しがた考えていた間抜けな声が響く。つい舌打ちしそうになる。今日父には墓所に行くと伝えていたが、おそらく余計な気を回して連れてきたのだろう。
振り向けばそこには案の定、なぜか気色の悪い植物を抱えているソフィアと、にっこりと笑っている父がいた。
その様子を見て思わずゆるんだ口元を喜ぶように、ひやりとした空気の中、ほんの微かに温かい風がヴァイオレットの頬をくすぐった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
こちらの投獄悪女は私にとって非常に思い出深い作品です。いただく感想やメッセージの数々に励まされ、時には自分自身の未熟さを痛感し、良くも悪くもお話を書くことについて深く考えさせてもらえた大事な作品となりました。
この2人の魅力を活かしきれずに悩むことも多かったです。TOブックスの編集さんには大変お世話になりました。本当にありがとうございました。
ソフィアのおじいさんやソフィアとクロードの恋愛事情、それから実は私が一番好きなキャラクターであるフレデリックなどまだまだ書きたいことはあるのですが、一旦ここで完結とさせていただきます。また番外編としてあげていけたらなあと思いますので、ぜひ思い出した際には覗いていただければ嬉しいです。
また明日の12/2、こちらの3部を収録した電子書籍3巻とコミカライズ2巻が発売されます。
電子書籍にはヴァイオレットの父目線のお話が収録されています。コミカライズ2巻には1章でヴァイオレットとの入れ替わりを解除した直後のソフィアのお話を書かせていただきました。
もしよろしければご覧いただけますと幸いです…!
最後になりますが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いします!





