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その後のお話



あの事件のあと。


「この事件を表沙汰にする気はないわ」


 エルフォード公爵邸でヴァイオレットさまに額を小突かれて目覚めた私は、ヴァイオレットさまのその言葉に目を瞬かせた。


「表沙汰にする気はない……ディンズケール公爵や教皇は、どうなるのですか?」

「ディンズケール公爵は、行方不明。教皇は――千年前の存在が、生きている記録なんてないでしょう? ……別に殺したわけではないわよ」

「……」

「その疑わしそうな目は何?」

「い、痛ッ!?」


 不快気に眉を寄せたヴァイオレットさまが、私の額を思い切り指で弾く。いつの間にかいつもより多めに宝石がついている爪による痛み倍増の攻撃に、私は涙目で額をさすった。


「殺すわけがないでしょう? ――ただどうなったのか、これは私の問題。お前は生涯知る必要がないことだわ」


 そういうヴァイオレットさまは頑なで、それ以上教えてくれそうにもなかった。


 ――きっと死ぬより辛い目に遭わせたと、そういうことなのだろう。


 それを私に教えようとしないのは、ヴァイオレットさまの優しさだ。


(きっと私が辛くなると思って……そう心配させてしまうのは、情けないな)


 気を引き締めてヴァイオレットさまに向き直り、浮かんだ疑問を口にした。


「それはそれとしても……表沙汰にしない理由はあるのですか?」


 ディンズケール公爵家は、教皇と結託して代々酷いことをしてきている。

 やられたことは百倍返しのヴァイオレットさまならそれを理由に、ディンズケール公爵家の取り潰しくらいはするのだろうと、そう思っていた。


「あるでしょう。あのポンコツのヨハネスが、これ以上の醜聞を抱えてごらんなさい」

「……」


 納得してしまった。


 もちろん陛下のことをポンコツとは思っていない。けれどヨハネス陛下は、王家の醜聞と一緒に即位したようなものだ。加えて花祭りの日には、民衆ごと巻き込んだ陛下の爆破事件まで計画されていた。


 一部の高位貴族しか知らないとはいえ、これでディンズケール公爵家が取り潰しにされたら、呪われた国王として名を馳せてもおかしくはない気がする。


「あれがうまく治世をしてくれなければ、最終的に迷惑を被るのはこの私。それにディンズケール公爵家の息子は、あれの父より頭が悪いの。取り潰すよりもうまく搾取する方が、よっぽど旨みがあるでしょう?」

「な、なるほど……」


 ディンズケール公爵子息は、かつてヴァイオレットさまにこてんぱんにいじめられたという。

 きっとそのトラウマもまだ残っているだろうと、見たこともない彼に心の中で十字を切った。


「それに、ディンズケール公爵の罪をつまびらかにしたら教会が英雄としている男の罪も暴くことになる。私はくだらないと思っているけれど、あれに救いを求めている者がいるのは事実。この国が国教と定めている以上、民衆から希望を奪うのは最終的に国力を削ぐ愚策になる。権力者にとって国教がとても便利な道具であるのだし、すべて奪うのは得策ではないわ」

「それは、陛下はご存知なのですか?」

「もちろん。国王ならば、自分の無能さを知ることも大事でしょう?――ふふ、この世に無能罪というものがあるとしたら、あれは確実に有罪よね」

「……」


 きっと今私に言っている言葉の、百倍は鋭い言葉を投げつけたのだろう。

 きっと後程来るだろう胃薬の依頼に精一杯答えようと心の中で思いつつ、私はずっと気になっていることを尋ねた。


「あの、ノエルさんは――……」



◇◇◇


「ノエルちゃんがいないと、すごく寂しいわね」


 薬師寮の自室で。

 ナンシーさんが手作りだという小顔ローラーで顔をマッサージしながら、寂しそうにそう言った。


「本当に急な転職でびっくりしちゃった。――とはいえ、麻酔薬を専門にしているノエルちゃんにホスピスはぴったりの場所だと思うわ」

「そうですね」


 ナンシーさんの言葉に頷きながら、私は「本当にそうだと思います」と言った。

 ディンズケール公爵や教皇の罪を明かさないと決めたヴァイオレットさまに、ノエルさんのことも許してほしいとお願いをした。


 ヴァイオレットさまはやや不快そうに眉を顰めて取り合わなかったものの、私のしつこさと「何でも言うことを聞く」という捨て身の懇願に、最終的には嫌な顔をしながらも認めてくださった。


「それでも王宮薬師には戻れないわよ。あの裏切り者の小娘が、自分には許さないでしょう」

「……そうだと思います」


 薬師として一緒に過ごすうちに、ノエルさんの性格をちょっとは知っているつもりだ。

 そのため彼女に手紙を書き、ヴァイオレットさま伝手にお渡ししてもらった。


(ノエルさんが苦しむお父さんのためにしたことは、間違いじゃない)


 もちろん正解ではないと思う。けれど薬師として生きる以上、絶対に正解を選び続けて生きることはできないものだ。

 その時その時必死で選んだ自分の行動や選択を、深く心に刻みつけていくしかないのだと思う。


 そんな気持ちをこめて書いた手紙を、ノエルさんが読んでくれたかはわからない。


 けれど病にかかり、終末期を迎える聖職者が過ごすためのホスピス兼修道院に転職が決まったと知らされた時は、少しだけ安堵して――同時に少し、涙が出た。


 きっと仕事先を探してくれたのだろうヨハネス陛下にも心の中で感謝しつつ、効き目抜群の優しい胃薬を作ろうと、心に決める。


「それよりソフィアちゃん。今日もお出かけ? いつも以上に気合が入ってるわね」

「そうなんです。……今日はエルフォード公爵とお出かけを……」

「えっ」


 目を見開いたナンシーさんが、小顔ローラーを取り落とす。


「ソ、ソフィアちゃんったら年上好きだったのね……? まあ、ヴァイオレット様と仲良くやれる子なんてソフィアちゃんくらいだろうし、これは必然の流れ……?」

「違いますよ!?」


 クロード様ゲットのチャンス! と拳を握るナンシーさんに、慌てて訂正をする。


「どちらかといえば姑のような立ち位置と言いますか、私の社交術が非常に未熟極まりないと言うことで、ヴァイオレットさまのお側にいらっしゃるのならばもう少し成長しろと、直々に色々と教えていただくことになりまして……」

「……教師と生徒の禁断の……ってこと……!?」

「違います」


 どことなく腑に落ちないナンシーさんに「とにかく絶対に違います」と断言しながら、私は最後に身だしなみをチェックして、扉のドアノブに手をかける。


「行ってらっしゃい。……ねえ、それを持っていくの?」

「はい! おそらくは薬師のお点前拝見ということなのか、好きな植物を持ってくるようにということだったので」

「……そう! 行ってらっしゃい」


 逡巡した結果、何かを放棄した様子のナンシーさんが手を振ってくれる。


「はい、行ってきます!」


 私も手を振り返し、部屋を出る。

 そしてすでに薬師寮の前で待機しているらしい、エルフォード公爵の下へと急いだ。




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